「流行を左右したのは人間の側」 山本太郎・長崎大熱帯医学研究所教授

西日本新聞 社会面 久 知邦

 私が長崎大医学部に入学した1980年代、抗生物質やワクチン開発などにより「感染症との闘いの歴史はまもなく終わる」と、世界中が楽観的に考えていた。感染力と致死率の高さで恐れられた天然痘は77年のソマリアでの患者を最後に地球上から消え、WHO(世界保健機関)は80年に根絶宣言。医療が注力すべきはがんや加齢の仕組みといわれていた。

 周知の通り、現実は違った。エボラ出血熱やエイズなど新しい感染症が次々と明らかになり、制圧できると思ったマラリアの根絶も難しいことが分かってきた。デング熱の流行も世界的に見られるようになった。

 原因は、医学が発達する以上に社会が大きく変容してきたこと。ウイルスが広がるか、消えるか。流行を決めているのはウイルス自身ではなく、人間なのだ。

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 人類が感染症を本格的に体験したのは約1万年前。狩猟生活から農耕生活へと移り、野生動物を家畜化したことが引き金となった。天然痘はウシ、麻疹(ましん)はイヌ、インフルエンザはアヒルが持っていたウイルスが人間社会に適応したもの。こうした感染症が世界中に広がったのは、交易や戦争などが原因だ。

 エボラ出血熱やエイズ、SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)も由来は野生動物。アフリカのチンパンジーに寄生していたエイズウイルス(HIV)を広めたのは、植民地政策と近代医学の導入だった。

 まず、チンパンジーを食べた人間が感染した。植民地政策下で、都市には鉄道や港湾建設のための男性労働者が多く流入し、売春がまん延して感染の温床となった。さらにアフリカの風土病治療のために用いられた注射器が使い回しされ、HIV感染者を増やした。

 植民地化される前なら、男女比もいびつにならず、売春もはびこらなかったし、注射針の使い回しによる感染もなかった。偶然、人に感染したとしても夫婦や親子間にとどまり、ウイルスはすぐに疫学的な袋小路に入り込んだはずだ。

 今回の新型コロナウイルスも都市に人々が密集し、国を越えた移動がかつてないほど広がった結果、パンデミック(世界的大流行)につながった。

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 新型コロナウイルスの患者数は世界で200万人を超え、封じ込めは不可能だ。治療法がなかった時代のエイズなどに比べれば致死率は低い。ただ、ウイルスは人間の細胞を利用して自らを複製する過程で、強毒に変異する恐れもある。

 人と人との接触を減らせば、強毒化したウイルスは伝わり先を見つける前に宿主を死なせてしまう。流行速度を遅らせ、弱毒のウイルスが生き延びる環境をつくることがウイルスとの闘いでは重要になる。

 新型コロナウイルスの感染力からすれば、7割の人が免疫を持てば終息に向かうだろう。もちろん、一番良いのはワクチンで集団免疫が得られること。開発までの間、医療崩壊などで起きる人的被害を抑えながら、免疫を持つ人を徐々に増やしていくという各国の方向性に間違いはない。

 未知のウイルスによる感染症は確かに怖いが、人類は過去にパンデミックを起こした感染症をうまく取り込み、免疫を獲得して種としての強靱(きょうじん)さを養ってきた。人命を守りつつ、より強い社会を目指すしかない。

 (聞き手・久知邦)

 ◆山本太郎(やまもと・たろう) 1964年、広島県生まれ。外務省国際協力局課長補佐などを経て2007年から長崎大熱帯医学研究所教授。専門は国際保健学。著書に「感染症と文明」など。

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