くらちゃんの桜を見上げて【坊さんのナムい話・10】

西日本新聞 くらし面

 永明寺の境内には桜の木が4本あります。3本は大きなソメイヨシノですが、残り1本は若い八重桜です。境内にある高見幼稚園の保護者が贈ってくれたその樹には、一人の園児の名前が付いています。

 とても元気な男の子でした。数週間後に控えた運動会のリレー選手に選ばれたことを喜んで、一生懸命に練習をしていました。

 あるとき、風邪をひきました。大事を取って幼稚園を休み、親御さんが病院に連れて行きました。診断は風邪。薬を処方され、安静にしておくよう言われました。薬を飲んで様子を見ていたのですが、一向に熱が下がりません。

 心配になった親御さんは夜間救急の扉をたたきます。また風邪との診断。今度は違う薬をもらって様子を見ることにしました。しかし、薬を飲んでも熱は下がるどころか、信じられないくらいの高熱が続きます。

 心配になった親御さんは明け方近く、もう一度、夜間救急を訪れます。お医者さんも原因が分からず、できる限りの治療をしましたが、そのまま男の子は亡くなってしまいました。

 小さなご遺体は、親御さんに抱きかかえられ、自家用車でおうちへ帰りました。途中で幼稚園に立ち寄ってくださり、園庭で職員と輪になって涙のお別れをしました。

 しばらくして親御さんが贈ってくださったのが、この八重桜です。「わが子が大好きだった幼稚園の園庭でいつまでも遊べるように」。そんな願いを込められたのではないでしょうか。園児の名前が付いているのはそのためです。

 私たちは、人はいつか死ぬということは分かっているけれども、それが愛する人であればあるほど、命が終わるのは今ではないと思い込みます。明日もまた同じような日常が繰り返されると信じているものです。親御さんの悲しみは言葉では言い表せません。

 今年も八重桜が咲きました。小さいながらも一生懸命咲いた花は、まるで笑っているようです。かわいらしい花を見上げるたびに、はかない命の輝きを感じるのです。 (永明寺住職・松崎智海 北九州市)

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