平野啓一郎 「本心」 連載第229回 第九章 本心

西日本新聞 文化面

 こんな勝手な思い込みは、僕の中にある障害者への偏見に由来するものだと、当然に考えるべきなのだろう。イフィーにも性欲はあり、彼はそれを、仮想空間で、<あの時、もし跳べたなら>という思いとともに、満たしたがっている。それも、まったく開放的で、示威的な方法で。

 僕はそれを否定しないし、もしそうだったとしても、誰もイフィーの振る舞いを否定できない。あのアバターの力強い下半身の造形に、哀れみを感じること自体、彼への侮辱だろう。

 僕がこの一件に心を乱されているのは、寧(むし)ろ、こんな不確かな出来事が、僕の中のイフィーの印象を、余(あま)りにも不用意に濁してしまったことだった。

 彼の中に、そういう一面があると仮定して、そのことが、彼本人の純粋な目の印象を裏切ったなどという子供じみた失望を語ろうとしているのではない。

 僕が考えたのは、三好のことだった。――いや、三好とイフィーとの関係だった。

 三好がイフィーに好感を抱いていることは、言うまでもないが、それは、最初の一ファンとしての憧れから、今ではもっと現実的で、成就すべきものを内に秘め、思いの届かないことが不安となり苦しみとなり、また、性急すぎること、大胆すぎることがすべてを台なしにしてしまうことを恐れ、僕という存在に対しては、何か憚(はばか)られるようなものへと、時間を掛けて変化していた。そして、彼女が<母>との会話に夢中になることもなくなった。

 僕は、彼女のその熱せられたような喜びと煩悶(はんもん)は、必ずしも孤独ではないように感じていた。僕の見るところ、イフィーの表情にも、三好に対する特別な関心が仄(ほの)めき、その眼差(まなざ)しには、愛されることを期待している人間にだけ認められる、あの繊細で直向(ひたむ)きな焦燥が籠(こ)もっていた。彼は、三好の前では、僕と接している時以上に、年下の青年なのだった。

 ――しかし、本当だろうか?

 僕は、自分の感じている胸騒ぎについて考えた。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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