人の愚行が病をあおる

西日本新聞 オピニオン面 上別府 保慶

 新型コロナウイルスを巡り、欧米で中国の責任を問う声が相次いでいる。

 一党独裁の中国はSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行した時も今回と同じく、発生の情報を隠して感染を広げた。再々発を防ぐためにも、何らかの国際的な協力の策を論議すべき時なのは間違いない。

 もっとも、トランプ米大統領が「中国ウイルス」などと感情めいた言葉で対立をあおるのは、超大国のリーダーとして褒められた話ではない。ここで思い出すのは、コロンブスが新大陸へ航海した後、欧州に広がった梅毒菌が引き起こした人間の愚行の記憶だ。

 昔は治療法がない謎の病だった梅毒の被害が、初めて記録されたのは15世紀の終わりのことだった。フランス軍がイタリアの港湾都市ナポリを包囲した際、ここで買春した兵士たちによって梅毒は双方の軍にまん延した。フランス軍は「ナポリ病」、ナポリ側は「フランス病」と呼んで相手をののしったという。

 多くの兵を失ったフランス軍はナポリ攻略を断念し撤退する。仕事を失った傭兵(ようへい)は故郷に梅毒を持ち帰り、ポーランドでは「ドイツ病」、オランダでは「スペイン病」などと、それぞれ仲が悪い国の名を付けて呪った。むろん梅毒退治には何の役にも立たなかった。

 病魔が人間を操ってさらなる拡大を招く例は歴史上、枚挙にいとまがない。感染者への差別や迫害を通して、その後の重大な事件へとつながった。例えば14世紀には、人間が初めて生物兵器を使った例とされる、こんな話がある。

 征服者チンギスハンの流れをくむキプチャク・ハン国に、ジャーニー・ベクという権力者がいた。彼は、黒海のクリミア半島に栄える港湾都市カッファの富を狙い、包囲の陣を敷いた。しかしカッファはイタリアの海軍国ジェノバの支援を受けて、守りは堅い。

 攻めあぐねるジャーニー・ベクの陣中に感染症が広がった。発症すると皮膚が黒くなり「黒死病」と恐れられたペストである。ジャーニー・ベクは撤退を迫られたが怒りは収まらない。投石機を使って、感染した兵士の死体を城壁の中へ投げ込み、呪ったという。

 ユダヤ商人が多く住んでいた区域でペストが広がった。人々はコンスタンチノープルやシチリアなどへと船で逃れた。ペスト菌も運ばれ、災厄の元凶はユダヤ人だという誤解をもたらし、罪なき人々が海に追い立てられて溺れ死ぬといった悲劇の連鎖が起きた。

 感染症の知識はないに等しい時代。なのに悪魔がジャーニー・ベクに「病を使え」とささやいたのか。

 愚行はローマ帝国の時代からあったユダヤ人差別を助長し、今に至っている。 (特別編集委員・上別府保慶)

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