「他の音楽とは違う」 ビートルズになりたくて(1)  

西日本新聞 筑豊版 長 美咲

ザ・フライングエレファンツ安部米央が語る「筑豊のビートルズ」

 「ワン モア タイム」「ワン モア タイム」。1992年10月8日、アメリカの音楽の殿堂「カーネギーホール」にはニューヨーカーからのアンコールの声が鳴り響きました。それは、私がリーダーのビートルズのコピーバンド「ザ・フライングエレファンツ」の4人に向けられたものでした。

 私たちは福岡県田川市と川崎町の出身で「筑豊のビートルズ」と呼ばれることもあります。少年時代にビートルズに魅了され、40歳でメジャーデビュー。カーネギーホールでのコンサートを経験し、今もバンド活動を続ける私の音楽人生を、これから振り返っていきます。

 私は50年に田川市で生まれました。国鉄職員の父は家でよく、蓄音機でレコードを聞いていました。それが影響したのか、物心がついた時から音楽が好きで、三波春夫さんや春日八郎さんの演歌のほか、坂本九さんやパラダイスキングなどの曲を聴き、歌っていました。

 その頃の田川は、炭鉱町としての活気がありました。ゴーグルで守られた目の周り以外を炭じんで真っ黒にした労働者が行き交っていました。石炭が必要なため、掘っても掘っても間に合わない。日本の産業革命みたいな時代でした。伊田と後藤寺の商店街には人がわんさかいました。親が炭鉱で働いている同級生もたくさんいたので、小学生の頃は炭住によく遊びに行ったものです。

 地域とのつながりも濃く、近所の人たちと日帰り旅行に行くことも。そんな時、私は観光バスのマイクを持ってみんなの前で歌いました。すると、みなさん褒めてくれるので、それがうれしくて。小学校の文化祭やお別れ会でも、歌うようになりました。

 中学2年生の終わり頃、新しい音楽を知るため、いつものように真空管ラジオを聴いていると、突然ビートルズが現れたんです。曲は「プリーズ・プリーズ・ミー」でした。「これは他の音楽とは違う」。直感でそう思った私は、初めてビートルズを聞いたこのときから、すっかりとりこになってしまいました。

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 今年でメジャーデビュー30年のザ・フライングエレファンツ。ビートルズに憧れ、国内外で活躍しているバンドの軌跡を安部米央(あべ・よねおう)さんに語ってもらいます。聞き手は長美咲です。

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