平野啓一郎 「本心」 連載第231回 第九章 本心

 <あらすじ> 石川朔也はアバター・デザイナーのイフィー専属のリアル・アバターとして働く。朔也と同居人の三好彩花は、イフィーからクリスマス・パーティーに招かれ、アバターを贈られるが、同時に二十万円が振り込まれ当惑する。母が愛読していた作家・藤原亮治からの返信は、母と親しかったことや、介護付きの施設にいることが綴られていた。仮想空間の<ドレス・コード>ですれ違った筋骨隆々のアバターが、イフィーではないかと思う朔也は、三好と彼との関係を想像して心を乱した。

  第九章 本心

 僕自身も、<ドレス・コード>での出来事については、何も話さなかった。ただ、イフィーがもし、僕と三好との前に現れなかったなら、ということを考えたのは、この時が初めてだった。僕にとっては、やはり、いない方がいい人間だったのではないか、とも。――

      *

 二月一日、僕たちはやや唐突に、三人揃(そろ)って外出することになった。この提案は、イフィーと三好から、別々に、しかしほぼ同時期になされたので、発案がどちらだったのかはわからない。お笑いのライヴを見に行かないかというのだった。土曜日の夕方に、新宿で、三好が最近、「ハマッている」という芸人が出演するライヴがあるらしく、イフィーに相談すると、チケットが取れたのだという。三好にそんな趣味があったのは知らなかったが、僕もつきあうことにした。

 イフィーが外出することは滅多(めった)になく、取り分け、インフルエンザの流行が深刻化している時期だけに意外に感じられた。

 ライヴを見終わった後は、一緒に、夕食を摂(と)って帰宅する予定だった。

 当日は、最高気温が四度までしか上がらず、晴天だったが、風が強く冷たかった。

 イフィーは、紺地に赤と白の大きなチェック柄のコートを隙(すき)なく着こなし、三好がプレゼントしたニット帽を被(かぶ)っていた。三好は大きなフードの付いた黒いダウンを、僕はオリーヴ・グリーンのモッズ・コートを着ていた。

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平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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