瞬く間にヒーローに ビートルズになりたくて(2)

西日本新聞 筑豊版

ザ・フライングエレファンツ安部米央が語る「筑豊のビートルズ」

 ラジオでビートルズに魅了された私は、すぐにレコード店に行きました。するとそこには、彼らの「抱きしめたい」のシングル盤もあったんです。この曲で日本デビューした数日後、「プリーズ・プリーズ・ミー」を発売していたんです。その後もビートルズは毎月のように新しい曲を出しました。ついて行くのに必死で、他のアーティストの音楽など全く耳に入らなくなりました。

 4人が演奏する姿を最初に見たのは映画「ビートルズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!」です。彼らは自信というか、何か特別なものを持っているというのが伝わってきました。この世にない素晴らしいものを見た気持ちになり鳥肌が立ちました。映画館にお弁当を持って行き、1日に何回も見ましたよ。何度見ても、同じ映像なんですけどね。当時の熱狂はすごく、映画館でスクリーンに映る4人に対し、叫んで突進するファンもいたほどです。

 当時、子どもに人気があったものを表現した言葉に「巨人、大鵬、卵焼き」がありました。私は元々、英雄みたいなものが好きで、大鵬を見て相撲を始めたと思えば、中学生の頃は巨人の長嶋茂雄さんになりたくて野球をしました。

 でも、他の夢はさっぱり消え、私のヒーローはビートルズだけになりました。「こんな風に感激を与えるアーティストになりたい、絶対ビートルズになるんだ」。この思いは今も変わりません。

 この頃は、音楽好きな近所の幼なじみと、ラジオやレコードを聞くのがお決まりでした。彼も一緒にビートルズにはまって、2人とも聞くだけでは飽き足らず、ギターを買ってコーラスを分担して歌うようになりました。これが私のビートルズごっこの始まりです。

 高校入学後は、バンドを組んでビートルズの曲を演奏しました。メンバーは流動的でしたが、ダンスホールでも演奏しました。このことを誰かが告げ口したのか、学校にばれてしまい数日間の停学処分を受けたのですが、そんなことは気にもせず、ひたすらビートルズを追いかけた青春の日々を送りました。

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