助けた人は陽性かも… 中島邦之

西日本新聞 オピニオン面 中島 邦之

 先日、福岡県のある青年が体験した出来事である。自宅近くを車で走行中、高齢男性がミニバイクごと路上に倒れているのを見つけた。降車して助け起こすと足元がふらついている。それでもバイクに乗ろうとしたため「危険」と判断。助手席に男性を乗せA病院に向かった。到着後、駐車場で打ち明けられた。「発熱して熱が下がらない。医療機関を受診したら、この病院に行くように言われたんよ」

 新型コロナウイルスかも…。帰宅後、喘息(ぜんそく)の持病がある青年の不安は膨らんだ。マスクを着けていない男性との密な接触は10分余り。「自分に感染すれば妻と幼い娘にリスクが及ぶ」。慌てた青年はA病院に電話、経緯を説明し「さきほど受診した男性がPCR検査を受け、もし陽性だったら教えてほしい」と頼んだ。だが病院側は「個人情報は教えられない」。その翌日、地元自治体のサイトに「70代男性の陽性が判明」との感染者情報が公表された。

 不安が募る中、妻が38・9度の発熱。すがる思いでPCR検査に関わる地元の保健所に相談、事情を説明し「×日の夕方にA病院を受診した高齢男性と、陽性判明の70代男性が同一人物かを教えてほしい」と頼んだ。担当者は「個人情報は教えられない」「奥さんはかかりつけ医を受診し、4日間熱が下がらなければ再度連絡を」と告げた。

 その後、妻は回復、自分や娘に異常はなくウイルスの潜伏期間とされる2週間が過ぎた。その間、毎朝検温。家族とは別室で寝て、一緒の入浴も避けた。「個人情報と言われても、あのおじいさんがどこの誰かも知らない。個人を特定しようがないのに…」

 一方、こうも思う。保健所に電話した時、スマホの向こうで電話の呼び出し音がずっと鳴り続けていた。「多忙で自分程度のリスクをいちいち相手にできないのかも。でも、2週間は本当に長かった」

 予測も予防もできない状況で、青年は突然、感染の脅威にさらされた。個人特定につながらない形で情報提供はできなかったのか。所長は「その方の思いは理解できるし、丁寧さを欠いた点は申し訳ない。ただ結論は変わらない」。理由を聞くと「匿名で感染者情報を公表しても狭い地域で特定され、本人への悪質な嫌がらせが起きた。個人情報は慎重に扱わざるを得ない」。

 面倒を避けたい行政側が「個人情報だから」と主張することはよくある。ただ、感染の恐れが人を不安に陥れ、感染者への攻撃さえ生むコロナの正体を知れば、所長判断を一概に責められない思いが残った。 (社会部編集委員)

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