元号は願いのかたちだ 上野誠氏

西日本新聞 オピニオン面

◆令和改元1年

 なんという一年だろう。台風は家々を飲み込み、コロナウイルスは、私たちから平和な時間を奪い去った。でも、私たちは、生き抜いてゆかねばならないのだ。一年を振り返って、つくづくそう思う。

 「令和」は、『万葉集』巻五、梅花宴序の良き字、二字から採用されている。「初春令月、気淑風和」の二字である。「令」は美しきこと、「和」は風がなごむように、平穏であることを表している。しかし、日本列島は天災にみまわれ、隣国との外交関係も、日々厳しさを増している。けっして、私たちは、美しく心和む時代を生きているわけではないのだ。

 じつは、梅花宴序の時代も、けっして恵まれた時代ではなかった。飢饉(ききん)が起こると疫病が流行(はや)り、飢饉と疫病が交互にやってきた時代だった。隣国・新羅との外交関係も最悪だった。「天下泰平」の時代ではなかったのだ。しかし、この時代に二つの至宝が生まれている。天平彫刻と『万葉集』だ。この二つは、世界の宝物だ。

 苦難の時代に、祖先は世界の至宝を作ったのだ。だから、私は希望を捨てない。もともと元号とは、来るべき未来を祝福するものだからだ。元号は、当然、その時代が始まる前に命名される。それは、生まれ来る子供の名前と同じだ。親は、その子供の人生を祝福して、そうあってほしいという願いを込めて名前を付ける。令子さんが美しい人生を歩めるか、和夫君が平和な人生を歩めるか、そんなことは誰にもわからない。だから、名前も元号も、願いのかたちなのだ。願っても、意味がないという人もいるかもしれないが、願いがなければ、叶(かな)いもしない。

 九州・大宰府ゆかりの「令和」は、私たちに大切なことを教えてくれた。九州が大和と並ぶ万葉のふるさとであること。もう一つは、大宰府政庁こそ文化の中心であって、寺社や学校も出来たということを知らしめたことである。

 今、私たちは困難の時代を生きている。願いをかたちにするのは祈りであり、願っても叶うことは稀だが、願わなければ叶わない。だから、私は心から令和の時代がやってくることを願っている-。

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 上野 誠(うえの・まこと)奈良大文学部教授 1960年生まれ、福岡県朝倉市出身。専門は国文学。万葉文化論を標榜(ひょうぼう)し、2009年、角川財団学芸賞を受賞。著書は「筑紫万葉恋ひごころ」「万葉びとの奈良」など多数。

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