憲法とコロナ禍 克服へ今こそ理念生かせ

西日本新聞 オピニオン面

 目に見えない感染症ウイルスが全世界を揺さぶり、日本もその脅威との過酷な闘いの渦中にあります。封じ込めは思うように進まず、医療態勢は切迫、経済活動は停滞を余儀なくされ、国民の暮らしは不安と困窮の様相を濃くしています。

 この未曽有の事態が私たちに問うているもの、そして危機を乗り越えるために見据えるべきものは何でしょうか。

 それは日本国憲法の理念にほかなりません。憲法の根幹である自由権や生存権といった基本的人権が今、まさしく脅かされているからです。

 「人類は4年ごとに夢をみる」。1964年東京五輪の記録映画で登場する印象的な言葉です。安倍晋三首相は今年1月、国会の施政方針演説で、この言葉を引用し「夢の実現は私たちの行動にかかっている。国のかたちに関わる大改革を進めていく時だ」と力説しました。

 夢とは憲法の改正です。首相はそれが「国会議員の歴史的な使命だ」と訴え、改憲に向けた議論の加速を促しました。それを阻むかのように広がった新型コロナウイルス禍は、首相からすれば「悪夢」と言うべきものかもしれません。

 ▼弱者を守ってこそ

 鹿を追う者は山を見ず-。こんな格言が思い浮かびます。一つの事にとらわれて全体像を見失い、災いを招いてしまう。国政もこの落とし穴にはまっていないでしょうか。政治の議論では、憲法あるいは国防といえば「9条」を軸にした安全保障問題が常に主題とされます。

 しかし、列島各地で相次ぐ地震や豪雨などによる大規模災害も「憲法問題ではないか」と指摘する声があります。一度に多くの命や財産が奪われ、生活再建に苦悩する人々の自殺など災害関連死という不幸の連鎖も続く。そうした、まさに人権に関わる悲劇が繰り返されながら、防災対策は後手後手に回っているからです。

 感染症のまん延による社会の混乱も、災害と捉えることができます。パンデミック(世界的大流行)への備えは、それこそ「国防」とも言えます。残念ながら、現実はあまりに無防備だったと言わざるを得ません。

 コロナ禍は、高齢者や障害者施設での集団感染、非正規で働く人の解雇、中小企業の倒産、外国人労働者の失業など、弱者に深刻なしわ寄せをもたらしています。福祉の脆弱(ぜいじゃく)さ、格差の固定化、セーフティーネットの欠如など、裏返せば、日本社会の病理そのものをあぶり出しています。感染者やその周囲への差別や偏見がじわじわ頭をもたげているのも気掛かりです。

 ▼時代は変わろうと

 改憲か護憲か。憲法を巡っては、この二者択一的な議論が先行しがちです。今の政治でも、安倍政権の「改憲ありき」の姿勢に野党が待ったをかける図式が続いています。そうした中で叫ばれている言葉があります。 「活憲」です。憲法の条文にこだわるのではなく、憲法に照らして現実の社会をつぶさに見詰め、矛盾や問題を地道に解決していく。そんな営みこそが重要ではないかという訴えです。

 つまり、理念をどう生かしていくのか。現下のコロナ対策は休業要請など私権制限の是非、それに伴う補償の在り方、弱者の救済方策、緊急事態に備える法の在り方など、難しい課題を伴っています。しかし、これらも憲法を物差しに冷静な議論を進め、ウイルスとの闘いを克服していかなければなりません。

 きょうで憲法の施行から73年になります。平時であれば、読み返す人は少ないかもしれません。その点、今年の大型連休は「ステイホーム」が合言葉とされています。多くの人が、歳月を経ても色あせていない憲法にいま一度目を通し、崇高な理念を再確認してみる。そんな時間を共有できればと思います。

PR

社説 アクセスランキング

PR

注目のテーマ