韓国、今も続く葛藤「光州事件」から40年 民主化は実現したが…

西日本新聞 国際面 池田 郷 塩入 雄一郎

 韓国南西部の光州市で1980年5月、民主化を求める学生や市民のデモ隊を軍が武力で鎮圧した「光州事件(5・18民主化運動)」。韓国は87年に民主化が実現したが、事件の傷痕は今も生々しく国を分断している。40年を経てなお続く韓国社会の葛藤について、日韓の関係者や識者3人に聞いた。

■運動変質「全体主義」に 朝鮮日報元主筆 柳根一さん(82)

 光州事件は民主化の要求を力で押さえつけてきた軍事独裁政権に対する反政府運動と言える。1960年代、学生だった私も民主化運動に身を投じ、リーダーとして活動した。80年代には記者として当局による学生拷問死事件を批判する記事も書いたし、87年に実現した民主化も当然、歓迎の立場を取った。

 だが光州事件後、私は運動から距離を置いた。私たちの世代は自由主義が運動の最も重要な理念だった。だが、事件後の運動は全体主義化、民族主義化した。現在の保守と進歩(革新)の対立も、こうした理念の違いが根底にある。

 4月15日の総選挙で革新系与党が6割の議席を獲得した。明らかになったのは保守系野党の危機的な状況だ。選挙戦で保守系は文在寅(ムンジェイン)政権に「ノー」を叫ぶだけで、中道層に響く的確な対案や理念を示すことができなかった。

 保守系野党には本来、文政権の政策的な誤りを指摘して修正を促す大きな役割がある。安全保障政策では、既に核兵器を保有した北朝鮮に対して文政権の融和政策は明らかに行き過ぎだし、親中国政策も相まって韓米同盟の弱体化が懸念される。「所得主導成長」と名付けた労働者への分配中心の経済政策も中小零細企業を苦しめ、皮肉なことに若い世代の就職難がより深刻化した。

 にもかかわらず、文政権は誤りを認めず、それで通ってしまっている。だらしない野党の責任が大きい。与野党の関係という点で、韓国と日本は共通の課題を抱えているようだ。

 進歩陣営の人材はかつて命がけで当局と闘い、民主化を勝ち取った。それに比べ、ぬるま湯に漬かってきた保守陣営は役人的な傾向が強い。韓国では李明博(イミョンバク)元大統領から朴槿恵(パククネ)前大統領まで約9年間、保守系政権が続いた。この間、保守陣営は政治を担う覚悟を高め、政策や理念を磨く知的な努力を怠っていたのかもしれない。

 保守支持層は高齢化して世代交代も進んでいない。若い世代の心に届く理念を再構築しないと、生き残りは厳しい。 (聞き手はソウル池田郷)

■政争化やめ真相究明を 5・18民主化運動ソウル記念事業会顧問 韓尚錫さん(64)

 5・18民主化運動の直前、光州市では学生運動のリーダーたちが相次いで当局に逮捕された。市内の全南大でデモを取り仕切っていた私にも追っ手が迫った。「このままでは捕まる」。私は両親の説得に折れ、光州を離れて身を隠した。

 戒厳軍の無差別発砲により光州で多くの学生や市民が犠牲になったことは後で知った。事件後、私も逮捕され内乱罪で有罪判決を受けて2年半の懲役を経験したが、生き残ったことへの罪の意識に長く苦しんだ。

 私の残りの人生は多くの犠牲の上に与えられた。無駄にはできない。2000年5月、ソウルで犠牲者を追悼する事業を始めた。毎年、光州市で行われる政府主催の式典に行けない人々が献花や焼香に訪れる。

 不当な国家暴力に立ち向かった光州市民の蜂起は民主化を希求する時代の熱が背景にあり、87年6月の全斗煥(チョンドゥファン)政権による「民主化宣言」の礎となった。文在寅大統領が自身の政権を「5・18民主化運動の延長線上に立っている」と宣言するのも、朴槿恵前大統領を弾劾に追い込んだ「ろうそく集会」のように、国民が街頭で声を上げて政治を正す民主主義の原点を重視しているからだ。

 事件の犠牲者の遺族には、当時の軍トップで後に大統領になった全氏への拭いがたい怒りがある。戒厳軍がヘリコプターから市民に向かって機銃掃射したと証言した男性神父(故人)に対する名誉毀損(きそん)罪に問われた全氏は昨年、アルツハイマー症候群を理由に裁判を欠席しながら、ゴルフを楽しむ姿が報道されるなど遺族の神経を逆なでした。

 市民への無差別発砲を誰が命じたのか、今なお真相は不明だ。文政権下で成立した特別法に基づく調査委員会は全氏の関与も含め徹底的に究明してほしい。

 保守系議員らは5・18を政争の具として扱い、「北朝鮮の関与説」を主張している。韓国社会が保守と進歩(革新)に二分している状況に心が痛む。事件を記録した文書や写真は11年5月、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記録遺産に登録された。光州市民が守った民主主義の精神を世界に伝えたい。 (聞き手はソウル池田郷)

■犠牲問い続け運動結実 東京大東洋文化研究所教授 真鍋祐子さん(56)

 光州事件は現代の韓国の民主主義に大きく影響している。私は2000年に「光州事件で読む現代韓国」(平凡社)という本を刊行し、韓国の民主化運動をひもといた。4月15日に行われた韓国総選挙で革新系与党が圧勝したのも、事件以降の民主化運動の一つの結実だと考えている。

 光州事件以降、韓国の民主化運動は事件の犠牲の意味を問い続けることが原動力となった。過去の歴史も、事件で得た視点で見直されてきた。1970年に起きた労働者の焼身自殺の検証や慰安婦問題などの歴史認識もそうだ。

 87年6月、国民は「民主化」を勝ち取った。だがそれは制度上にすぎなかった。文民政権にはなったが、為政者は変わらず権威主義的だった。

 制度的民主化の弊害は2014年のセウォル号事件で表面化する。国民は当時の朴槿恵政権の不作為に怒り、罪のない多くの高校生が見殺しにされるのを目の当たりにして「まだ本当の民主主義ではなかった」と覚醒した。それが現在の民主化を生んだと言える。

 現代の韓国が抱える課題は、日本以上の格差社会にどう対応するかだ。光州事件後、学生と労働者は一致して民主化運動を闘った。だが97年のアジア通貨危機後に新自由主義が導入され、例えば映画「パラサイト」のように格差が広がった。学生と労働者、さらに世代間の分断が深まっている。

 日韓はどう向き合えばいいか。文在寅政権は光州事件当時の学生と同世代が中心となっている。彼らは日本語世代ではないし、日本に対してコンプレックスを抱く世代でもない。かつての「3金(金泳三(キムヨンサム)、金大中(キムデジュン)、金鍾泌(キムジョンピル))」の時代のように、日本語で通じ合える日韓のチャンネルはない。

 ただ文氏が、日本人が一般に想定する「反日」だとは思わない。韓国人が「反日」と言うときの日本とは朝鮮半島を植民地支配した大日本帝国であり、その流れをくむ思考を指す。韓国人は国家や組織と個人とを分けて捉える。現代の「反日」は日本政府に向けられているのだ。

 日本は文政権への対応を硬化させている。日本側が軸足を変えなければ日韓関係は変わらないだろう。 (聞き手は塩入雄一郎)

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