消えゆくヒチグヮ漁に密着 ベテラン海人と旬の魚追う 沖縄・国頭村

 沖縄県の地元紙「琉球新報」の友人から「海人(うみんちゅ)(漁師)のアギヤー(追い込み漁)の取材に行きませんか」と誘われた。狙う魚は「ヒチグヮ」。「うりずん」と呼ばれる梅雨入り前のこの時期が旬という。おいしい魚にありつけるかも…。期待を胸に同行した。

 先月、沖縄本島北部の辺土名(へんとな)漁港(国頭(くにがみ)村)に向かった。そこにいたのは海人歴60年の大ベテラン、山城善勝さん(75)。通称カツさんだ。空気ボンベを船に積み込み出港した。見渡す限りエメラルドグリーンの海を30分ほど進んだところがこの日の漁場だ。

 カツさんはウエットスーツを着て、空気ボンベを背負う。「作るのに8年かかった」というお手製の網を海に沈め、背中から勢いよく飛び込んだ。10分ほどすると海面に顔を出し「まあまあいるな。網をセットするからよ」と再び潜った。

 ダイビング経験ゼロの記者は水中眼鏡を着けて海面からのぞき込んだ。透明度が高く、海底を埋め尽くすサンゴや、水族館で見るようなカラフルな魚の群れが一望できる。カツさんは手際よく海底に網を結び付ける。海中とは思えないほど動きが機敏だ。「スルカシー」という両端に鎖やテープが付いた棒を手に魚の群れに近づく。棒を振ると群れは吸い込まれるように網に入る。「魚と友達になるのがこつ」という。水揚げまで全てを1人で行う。

 およそ3時間後。ずしりと重たい網に入っていたのは体長10センチほどの魚。ヒチグヮの正体はスズメダイだった。沖縄ではヒチイユなどとも呼ばれ、青森から沖縄まで広く分布する。福岡では塩焼きして食べる「あぶってかも」で知られる。

 沖縄戦の前年、1944年に生まれたカツさんは中学卒業後に海人になった。ヒチグヮは年中取れるが、産卵期の今が一番おいしく、戦後の貴重なタンパク源だったという。「昔は取ってくれって頼まれるほどだった。この時期の海人のボーナスで奪い合って取っていたよ」。ただ、小ぶりで食べづらく、今ではほとんど値が付かない。ヒチグヮ漁を続けるのは周辺ではカツさんぐらいで、知り合いに配る分しか取らないという。

 水揚げしたばかりのヒチグヮを食べさせてもらった。腹を押し、出てきた卵に吸い付く。身も卵も量は少ないが、甘くておいしい。「うろこを取って塩を振り、素揚げにする。最高だよ」とカツさんは笑った。 (那覇駐在・高田佳典)

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