平野啓一郎 「本心」 連載第238回 第九章 本心

 僕は、二杯目のビールを味も感じないまま飲みながら、その話を聞いていた。

 イフィーの安楽死についての考えは、僕とほとんど同じだった。「好き好んで安楽死する人なんていない」というのは、母の死について、もう何度繰り返し考えてきたことかしれない僕の根本的な認識だった。

 にも拘(かかわ)らず、僕はなぜかこの時、我が意を得たりと、彼に賛同することが出来なかった。三好が、母の安楽死を、僕を愛していたからだと言い、自らの意志としても、「もう十分」と感じていた、と語った時には、あれほど反発したのだったが。

 僕はこの時、寧(むし)ろその三好と意見を同じくして、母を弁護したい衝動にさえ駆られていた。

 決して、追い詰められた末に、已(や)むを得ず安楽死を願ったのではなかった。それだけでなく、母なりに、自らの死を納得して受け容(い)れる何かがあった。その複雑さに、若いイフィーは、無理解なのだという気がした。

 僕は、考えもまとまらないまま、口を開き掛けた。しかし、先に反論したのは、三好だった。

「でも、どんなに医学や社会保障が整備されても、やっぱり最後は、自分の考えで安楽死したい人はいるでしょう?」

「いえ、僕は、いないって考えるべきだと思います。誰だって、命は惜しいんだっていうのは、この社会が絶対に否定してはいけない前提です。『高瀬舟』だって、本当は政治の問題ですよ。自殺するまで、その人たちの命なんか気にもかけずに放置してたのに、お兄さんが弟の自殺を助けた途端に、処罰するっていうのは、卑劣です。国家が何もしなければ、ますます自己責任になる。家族任せになったら、弱い立場の人は、家族に迷惑がかかるって、自分を責めます。死にたいんじゃなくて、いなくなった方がいいって考えてしまう。これは、優等生的に言ってるんじゃないんです。僕自身の、あり得たかもしれない人生なんです。」

 イフィーは、真剣な目で三好を見据えて言った。

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平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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