不発弾に震える那覇空港 信管付き3発相次ぎ発見、滑走路一時閉鎖

西日本新聞 社会面 高田 佳典

 那覇空港(那覇市)の滑走路近くで4月、太平洋戦争末期に使用されたとみられる米国製250キロ爆弾の不発弾3発が相次いで見つかった。いずれも信管が付いており、衝撃が加われば爆発する恐れがあった。沖縄には1900トンを超える不発弾が埋まっているとされる一方、近年の年間処理量は20トン前後にとどまる。全ての処理には100年近くかかる計算で、戦後75年を迎える今もなお、大きな課題となっている。

 4月17日未明、駐機場と滑走路を結ぶ誘導路の新設工事中に、磁気探査機が反応した。地下約2~3メートルから、全長約1・2メートルの250キロ爆弾が見つかった。23、29日にも半径15メートルの範囲で相次いで発見された。

 不発弾の処理に伴い、国土交通省那覇空港事務所は4月17~27日未明と同29日~5月5日未明、第1滑走路を閉鎖。主に着陸用として3月に供用が始まった第2滑走路のみで航空機の離着陸を行った。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて発着便が激減しており影響は小さかったというが、観光客などが多く訪れる平時であれば大きな影響が出ていた可能性がある。

 なぜ那覇空港で不発弾が相次いで見つかるのか。

 空港所在地には戦前、旧日本海軍の小禄(おろく)飛行場があった。沖縄戦に詳しい元沖縄国際大教授の吉浜忍氏によると、米軍は沖縄上陸前年の1944年10月10日、飛行場や港湾施設を主な攻撃対象に大規模な空襲を行った。翌45年1月や3月にも空襲の記録があり「いずれかの空襲で、投下されたものだろう」とみる。

 飛行場は45年6月に米軍に占領され、沖縄が日本に復帰する72年まで米軍の管理下に。現在の第1滑走路の原型は米軍が建設した。内閣府沖縄総合事務局は「滑走路の下は磁気探査しており不発弾はないはずだ」としつつ、「緑地帯など構造物がない場所には、他にも埋まっている可能性がある」と説明する。

 那覇市によると、空港敷地内や第2滑走路周辺では78年からこれまでに、大小計292発の不発弾が見つかった。不発弾処理に詳しい大城渡名桜大教授(憲法学)は「航空機の離着陸の振動や衝撃で爆発する恐れがないとはいえず、これまで事故が起きていないのは幸運と捉えるべきだ」と指摘。「空港は公的施設で何かあれば国家賠償法上、国に管理責任がある。危険性がある以上、少なくとも第1滑走路周辺は全域探査し、不発弾を除去しないといけない」と強調する。 (那覇駐在・高田佳典)

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【ワードBOX】沖縄県内の不発弾

 沖縄県によると、沖縄戦では約20万トンの弾薬が使用され、このうち5%に当たる約1万トンが不発弾として、県内に残ったと推計される。復帰前に住民や米軍が計約5500トン、復帰から2019年度末までに自衛隊が約2080トンを処理した。海や山に投下され発見が困難な「永久不明弾」500トンを除くと、今も約1920トンが埋まっているとみられる。

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