平野啓一郎 「本心」 連載第239回 第九章 本心

 単に自分の考えを主張しているだけではなく、三好がどういう人間なのかを、今にも壊れそうな期待とともに知りたがっている風の表情だった。三好は、その様子に、一旦気圧(いったんけお)されたように下を向いたが、すぐに顔を上げて言った。

「だけど、現実的に、もうこの国ではそんなこと無理じゃない? こんなに衰退して、どこ見ても年寄りだらけで、誰ももう、安心して人生を全う出来る、なんて思ってない。そんな前提、夢物語なんだから。もっと裕福な国だったら違うだろうけど、ないお金はないのよ、それはどうしたって。だったら、その世界なりの考えしか持てないよ。」

「だからこそ、言ってるんです。役に立つかどうかとか、お金を持ってるかどうかとかで、人の命の選別をしちゃいけないんです。自分の意志で、安楽死したいって人がいたとしても、その理由を辿(たど)っていけば、どこかには必ず、そう考えるしかなくなってしまった事情があるはずです。それを取り除いてやることを考えるべきです。」

「そんなに、一人の人間の人生を、全部キレイには出来ないよ。……現実を受け容(い)れながら、ちょっとでも生活がマシになったら、あー、良かったなって、ほっと一息吐(つ)いてっていうのを、ずっと繰り返しているうちに人生が過ぎていくと思う。解決しようのない問題、たくさん抱えて生きてる。イフィーには、この世界を変えていく力があると思うけど、わたしたちは無力なのよ。それは、わかってほしい。」

 三好の「わたしたちは」という言葉に、僕自身が含まれているはずであることに、胸を締め付けられた。そう、僕たちは、イフィーとは違う「こっちの世界」の人間だった。

「でも、朔也(さくや)さんは勇敢ですよ。苦しんでいる人を、身を挺(てい)して守ってあげられる人です。僕は、朔也さんの動画を見てから、自分の中でずっとモヤモヤ悩んでいたことが何だったのか、わかったんです。僕は、フィジカルな世界を生き辛(づら)い人たちのために、仮想現実の世界のアバターを作ってきたけど、やっぱり、それだけじゃ駄目なんです。」

「えー、わたしは、それで救われてる人間なのに!」

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平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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