「ありがとう」笑顔で逝く 天草コレジオ「河浦説」提唱の鶴田さん

 天草コレジオの所在地論争を提起したのは、一人の郷土史家だった。

 4月に死去した熊本県天草市出身の鶴田倉造さん(享年97)。中学教諭だった1959年、イエズス会宣教師ルイス・フロイスが記した「日本史」などを読み解き、「天草コレジオは旧河浦町にあった」とする説を発表。歴史家を二分する論争に発展した。

 鶴田さんらが「河浦説」を提唱するまで、現在の天草市の中心地である旧本渡市にコレジオがあったとする説が有力視されていた。関係者によると、鶴田さんは、「日本史」などで天草地方を治めた豪族天草氏の「首都天草」の場所が「河内浦」と書かれていることから、本渡説に疑問を持ち、河浦説を発表したという。鶴田さんの知人は「本渡説の人とお互い一歩も譲らず、口角泡を飛ばして議論していた」と当時を振り返る。

 高齢の鶴田さんは熊本市内の病院に入院していたが、4月22日に亡くなった。家族によると、大英図書館で見つかった河浦説を裏付ける史料を握りしめて、かすかな声で「ありがとう…」と笑顔で語ったという。家族は「父が生涯をかけた長い論争がやっと終わった。最高の宝物を最後にプレゼントしてもらった」と声を詰まらせた。

 高瀬弘一郎・慶応義塾大名誉教授は「尊敬申し上げる先生をまた一人失った」と惜しんだ。東大史料編纂所の五野井隆史名誉教授は「長年にわたって天草キリシタン史の研究を牽引(けんいん)されてきた鶴田先生の存在はたいへん貴重だった」と悼んだ。

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