アイドル編<462>「来た道の一里塚」

 福岡県春日市の会社員、齋藤一利(52)は1970、80年代の歌謡曲を中心に約1300枚のシングルレコードを収集している。東京大学時代は「歌謡曲研究会」の会長を務めたこともあった。

 「高校からサークルに入るならこれだ、と思っていました」

 小学校低学年からテレビの歌番組を観て育った世代だ。

 「今、振り返ればアイドルのかわいさもあったと思いますが、子どもながら歌謡曲は社会や世相などを考える媒体、コミュニケーションと感じていたのではないでしょうか」 

 中学3年生のとき、長崎県佐世保市の実家近くの店で初めてレコードを買った。小泉今日子のデビューシングル「私の16才」(1982年)である。本格的に集め始めたのは大学時代からだ。現在でも出張のついでに各地の中古レコード店を回る。 

 齋藤は女性アイドル論として、ファンの志向には「正室系」と「側室系」の二つの型があると分析する。世間一般に広く受け入れられる「安定系」と一瞬でときめいてしまう「一目ぼれ系」と言い換えることができる。

 「ファンがはっきりとこの二つに分かれるのでなく、両方を往来するところもアイドル歌謡の魅力になっている」 

   ×    × 

 齋藤はコレクションの一部を目の前に置いた。五月みどりの「熟女B」(83年)。中森明菜の「少女A」(82年)のパロディー盤だ。サビには「熟女B」と堂々と歌い込まれている。 

 アイドル歌手、天馬ルミ子の「教えてください神様」(78年)はサイン盤だ。 「喫茶店も開いていると聞き、店を訪ねて書いてもらいました」 

 このようにレコード一枚一枚には時代や個人の物語が張り付いている。齋藤の言葉を借りれば「来し方を確認する一里塚」である。 「一つの歌を聴けばいつもは忘れている風景が映像のように浮かんでくる。生きて、歩んできた道を確かめることができます」

 齋藤は収集家と同時にアイドル歌謡のイントロ当てクイズの実力者である。ある大会では3連覇を遂げている。全盛時代を知らない後輩世代との競い合いもある。

 「紙一重の大会を制する要因は、最終的にはリアリティーです」

 同時代として聴いたかどうか。それが勝敗を分ける、と言う。

 「歌は人を前向きにさせるものだと思っています」 齋藤は当時のリアリティーを今の生にも重ねている。  =敬称略 

  (田代俊一郎)

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