「同調圧力への反発」ツイート“バズった”自称革命家、外山恒一さんの真意とは

西日本新聞 藤原 賢吾

コロナ禍を生きる

 黄昏(たそがれ)時の親不孝通り。緊急事態宣言下、福岡市屈指の歓楽街にも新型コロナウイルスの影が覆う。国籍も年齢も多彩な男女の嬌声(きょうせい)が響いた街から人波は消え、飲食店は軒並みシャッターを下ろす。「自粛」。医療崩壊や感染拡大防止を思えば、妥当な正義だ。ただ、得も言われぬ息苦しさもまた漂うのは問答無用故か。

 4月1日。ある男のツイートが爆発的に拡散された。今風に言えばバズった。

 <(前略)人の命なんぞより自らの地位や利権が大事な奴(やつ)らに“云うこと聞かせる”には、こっちも死ぬ気・殺す気になって、「頼むから、カネを出すから家でじっとしててくれ」と奴らが懇願し始めるまで街に繰り出し続けるべきなのだ。>

 1万件近いリツイートを集めたこの声の主は外山恒一(とやまこういち)さん。自らを革命家と称する彼の言葉に、しばし耳を傾けてみたい。

   ◇   ◇

 「補償もなしに自粛要請というのは筋が違うと思ったのですが、一番の主眼は自粛ムード、同調圧力への反発です」

 ひっそり営業するバーの片隅で、発言の真意をこう明かす。その後、国は全国民への10万円給付に、自治体も休業した店などへの補償に舵(かじ)を切った。ある種の先見の明が彼にはあった。だが、苛立(いらだ)ちを隠さない。

 「昔なら市民への監視は公権力から強まった。しかし、最近は人々が望んで監視し合っています」

 感染者多発地域は白眼視され、人々は戦中の隣組のような視線を注ぎ合う。休業を求める匿名の張り紙などで「自粛警察」と呼ばれる自警団化した市民を逆に忖度(そんたく)してか、自治体も要請に従わない店名の公表に乗り出した。

 外山さんは1970年に鹿児島県で生まれ、高校は2度変わった。福岡の私立高から転校した鹿児島の公立高で自由参加が建前の朝課外を強制されて反発。筑紫丘高(福岡市)3年の始業式の日に退学届を出すと、一時、管理教育反対を掲げる左翼活動家となった。

 「管理社会、監視社会への危機感がベースにある」と語る彼は、いまの風潮は1995年にピークを迎えたオウム真理教事件時に重なるという。

 「オウムは教団壊滅に追い込まれても仕方のないことをしましたが、当時、警察はあり得ないような微罪で信者を次々に逮捕した。想定したことのないテロにパニックとなったメディアも人々も警察を応援し、行き過ぎた捜査だという声はかき消されてしまった」

 20代半ばだった外山さんは違和感を抱きつつも有効な抵抗を示せず失語症のようになった。以後、犯罪の厳罰化など市民は自由や自立より安全を求めるようになったと考える。その結果広がったのが、街中に設置された防犯カメラなどだろう。

 「猥雑(わいざつ)なものや混沌(こんとん)としたものが否定され、ものが言えない空気が醸成される大きな転換点になった」

   ◇   ◇

 外山さんは現状を、ネットで不安をあおる市民とその影響を受けたメディアとが相乗効果でマス・ヒステリーを起こしていると分析。「闘争」とする飲み会開催や飲み歩きを公言する。「不要不急」に集まるだけで反社会的と見なされるいま、指弾されても仕方がない。実際、飲み会を呼びかけるツイッターには、「死ね」「射殺しろ」など過激なメッセージも寄せられた。

 2007年に東京都知事選に出馬。政見放送での独特なパフォーマンスが注目を集めたが、当時からこう訴えてもいた。

 <やつら多数派はやりたい放題だ。われわれ少数派がいよいよもって生きにくい世の中が作られようとしている>

 福島第1原発事故後の都知事選では、原発推進派の候補をあえて褒(ほ)め殺す街宣活動を展開。だが、ここ2、3年は活動家を諦めかけていたという。今年50歳となる自らの年齢や、めぼしい若手が育たない無力感のせいだった。「引退するつもりだったのに、こんなことになるとは…」と驚きつつ、こう言葉をつなぐ。「ただ、自粛を求められ、お店の人は困っています」

 戦時に例える見方も広がるこの災禍。緊急事態になれば人は容易に自由を手放し、異端者を敵視してしまうことは歴史も教える。混乱が収まれば心地よい社会は訪れるのか? 現状を鑑みれば、新たな断絶の予感におびえざるを得ない。

   ◇   ◇

 誰もが日常を失った新型コロナウイルス禍は、私たちから明日をも奪うのか。岐路に立たされた現在と未来を、同時代を生きる人たちと考える。

(藤原賢吾)

PR

文化 アクセスランキング

PR

注目のテーマ