憧れいまも追い続け ビートルズになりたくて(14)

ザ・フライングエレファンツ安部米央が語る「筑豊のビートルズ」

 中学生という多感な時期にビートルズに出会ったことが私の運命を決めました。今年で解散から50年ですが、今でも世界中から愛されるのは、ジョンとポールが出会った奇跡から始まり、ジョージとリンゴという4人のバランスのとれた個性が、プロデューサーのジョージ・マーティンさんらとの出会いによって爆発した結果でしょう。

 私たちも同じかもしれません。ジョンとポールに似た声を持ち、彼らに近いことができる私と木村が出会い、手島と林が加わり、刻むリズム、奏でる音などがビートルズにさらに近づいた。ビートルズのコピーバンドはたくさんいますが「自分たち以上にうまいバンドはいない」という自負を持って活動しています。

 そして中野など周りの人との交わりを通して、バンド活動が発展、全国的なブームに。オリジナル曲を含め、曲作りはすべてビートルズから教えてもらっているので、私たちと同じ「団塊の世代」が、私たちにビートルズの面影を見てくれていたのでしょう。

 今も活動できるのは、メンバー全員がビートルズやステージに上がることが好きというのはもちろん、岡藤エツコ・現マネジャーらバンドを支えるスタッフ、そしてファンの方がいてくださるおかげです。親子2代で幼稚園の頃から聴きに来てくれている子から「お母さんになりました」という報告を受けたり、ずっと公演にお越しになっていた方が亡くなったという話を聞いたり。それだけ、長くやってきたということですね。

 私たちを追ってバンド活動をする人たちも出てきました。私の次男もその一人。「やれるだけやってみろ」と思い、遠目で見守っています。

 私は今年、70歳になりました。「ビートルズになる」という夢は半ば諦めましたし、今から特段大きなことをしようとは思いません。でも、私がビートルズからもらった感動を、今度は私たちがビートルズを知らない世代の人たちに与えたい。デビューから抱いた思いはいまだに変わりません。ビートルズはずっと憧れの存在で、私たちはこれからも、ビートルズのサウンドを奏で続けます。

 =おわり

(この聞き書き連載は長美咲が担当しました)

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