平野啓一郎 「本心」 連載第245回 第九章 本心

西日本新聞 文化面

 僕はイフィーに、彼があのお笑いのライヴに行った日に語っていた、「フィジカルな世界を生き辛(づら)い人たちのために、仮想現実の世界のアバターを作ってきたけど、やっぱり、それだけじゃ駄目なんです。」という言葉の真意を尋ねた。つまり、福祉事業に関する、何か具体的な計画があるのか、と。

「もしそうなら、僕にその仕事を手伝わせてほしいんです。」

 イフィーは、何重もの意味で、意外そうな顔をした。

「いえ、具体的な計画までは、……でも、始めるべきですね。」

 僕は、その躊躇(ためら)う様子から、彼が何を口に出しかねているのかを察した。

「勿論(もちろん)、僕に何が出来るのかは考えます。僕は、高校も出てないような人間なので、何にせよ、改めて勉強し直す必要があります。でも、どんなことでもします。」

 イフィーが、僕の能力に懐疑的だったことは、恐らく図星だった。彼は、無理にも緩頬(かんきょう)してみせた。

「朔也(さくや)さんは、ここに毎日来てくれるだけでも、十分、僕にとってはありがたいです。僕は、このところずっと、精神的にとても安定していて、それは、朔也さんが来てくれるようになってからです。」

「ここでの仕事は、必要とされる限り、今後も続けます。でも、世の中が今のままじゃいけないっていうのは、僕自身が骨身に染みて感じていることなんです。イフィーさんが、もし僕と同じ考えを持っているなら、その取り組みは、僕にとっても生き甲斐(がい)になると思います。」

 イフィーは、しばらくテーブルを中指で打ちながら考えていたが、やがて、

「そうですね、……すぐには思いつかないけど、例えば今は、僕もかなり行き当たりばったりで寄付したりしてるから、本当に重要な取り組みをしているNPO法人を調べてもらったり、プロジェクト自体を立案してもらったりっていうのは、朔也さんに、リアル・アバターとして動いてもらえると助かりそうです。僕には行けない場所もありますから。」

「是非(ぜひ)。」と、僕は、その提案に膝を打った。

「どこにでも行きますし、それなら、僕のこれまでのキャリアも生かせます。」

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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