「サムギョプサルの味方です」政治皮肉る脱北作家

西日本新聞 国際面 池田 郷

 韓国の作家、金柱聖(キムジュソン)さん(56)は在日朝鮮人3世として日本で育ち、1970年代に帰還事業で北朝鮮に渡り、2009年に脱北して現在まで波乱の人生を歩んできた。19年11月出版の近著は、国内外の小説などを題材にした随筆風の書評集「韓国になじめないと感じた時、本屋に行きます」。韓国南西部の光州市で1980年5月、民主化要求デモを軍が弾圧した「光州事件」を描いた小説に触発された心情や、根深い保革対立に初めて接する脱北者の困惑などを独自の視点でつづっている。

■社会の断面

 金さんはある日、ソウル発の高速鉄道に乗って光州市の駅で下車すると、警察官3人に囲まれた。「すみませんが、ノートパソコンを確認させてもらえますか?」。列車で隣席だった高齢の男性から通報があり、駆け付けたという。

 金さんは書評集の中で、光州事件を題材にした韓国の小説「少年が来る」(ハン・ガン著)の回を、自身が体験したそんな場面から書き起こした。

 当時、金さんは大学院で北朝鮮政策を学んでおり、列車内でリポートを執筆。「金日成(キムイルソン)主席」「金正日(キムジョンイル)総書記」。そんな文字が並ぶパソコンの画面をのぞき見た隣席の男性が、金さんを「北朝鮮のスパイ」と疑ったという。警官に事情を説明して誤解は解けたが、民族が南北に分かれて戦った朝鮮戦争(1950~53)の影を引きずる社会の断面を描き出している。

 「北朝鮮のスパイ」という言葉は、光州市民にとって重く響く。光州事件当時の軍事独裁政権が、市民蜂起を「北朝鮮の策謀」と位置づけ、弾圧を正当化したからだ。遺族や革新勢力には、現在の保守勢力を「軍事独裁政権の後継」とする見方が根強い。

■膨らむ疑問

 一方、韓国の脱北者は保守勢力に近い人が多い。北朝鮮の体制に批判的で、北朝鮮を国防上の脅威とする保守勢力と利害の多くが共通するためだ。金さんも当初は保守の活動家だった。

 しかし、徐々に疑問が膨らんだ。政界だけでなく、学界や論壇、文壇などさまざまな分野に保革の葛藤があることを知った。「私たち脱北者は幸せになるため韓国へ来た。右や左の陣営論理で国民同士が争うのは嫌いだ」。現在は保革いずれの立場とも距離を置き、執筆や脱北者支援、講演などを続けている。

 著書で取り上げた光州事件については、こんな疑問を投げかける。「民主化を願って命を落とした尊い犠牲の上に今の民主的な社会がある。事件を巡る政治的対立は、犠牲者への追悼と対極にあるのではないか」

■異彩の文体

 金さんはかつて日本で、在日差別に怒りを覚える一方、天才バカボンや仮面ライダーに夢中になって少年時代を過ごした。北朝鮮では、在日を侮辱する「パンチョッパリ(半日本人)」と呼ばれながら、独裁体制を宣伝する作家の“特権”で国外の文学作品を読みふけり、思索を深めた。

 そして韓国では、作家として「脱北者」に貼られがちなレッテルにあらがう。書評は、深遠なテーマながらも特定の枠組みに縛られない軽やかさが身上だ。過酷で数奇な人生経験がそれを可能にするのだろうか。

 著書にこんな場面がある。脱北者の男性と豚バラ焼き肉「サムギョプサル」の店で食事中、韓国社会に不慣れな男性から「保守、進歩(革新)とは?」と尋ねられた金さんはこうはぐらかした。「私はサムギョプサルの味方です」-。

 店を見渡すと、右の席にいる人も、左の席にいる人もおいしそうにほおばるサムギョプサル。韓国人になじみの味を材料に、政治対立の無粋を皮肉る辺りが金さんの真骨頂だ。 (ソウル池田郷)

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