コロナ後の観光、先人に学べ 由布院の「観光カリスマ」溝口薫平さん

にぎわい消え「原点」に気付く

 由布院駅前(大分県由布市)の通りも、歩く人はほとんどおらず静かになった。片田舎だった由布院のまちづくりに本格的に取り組み始めた1970年のよう。にぎわいがなくなったのは経済的に大変な問題だが、今回のコロナ禍によって気付いたこともあった。「自分たちの歩みは間違っていなかったなぁ」と。

 私たちは由布岳を愛し、自然や静かさ、人々のつながりを大切にしたまちづくりに取り組んできた。都会の人々が「こんな日常風景がいいな」という町をつくり、人を呼び込もうと考えたからだ。

 今、穏やかになった地域を散歩していると、田んぼではおじいちゃんが代かきをしている。すれ違う人とは「元気しちょるな」と声を掛け合い、どこからでも雄大な由布岳が見える。私たちが守ろうとしてきたものがしっかり残っていることが再確認できた。それは暗闇の中にあって大きな希望の光でもある。

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 国は観光立国を唱え、近年は由布院にも外国人客が殺到した。観光バスがずらりと並び、日帰りで帰っていく人たちが増えた。これは時代の流れで、一部には浮かれている人もいたが、あれはおかしな光景だったのかもしれない。

 由布院の多くの関係者は客観視できていた。旅というのは、施設に会いに行くのではなく、人や地域に会いに行くもの。豊かな自然と地域のぬくもりの中でリラックスしてもらい、宿の主人が客と顔を突き合わせておもてなしをする。「料金を安くします」というのは根本的なサービスではない。質を大切にしてきたから、由布院にはリピーターが多く、今回も多くのお客さまから励ましの手紙や電話をいただいた。

 もし質より量を求めてきたなら、つまり観光で効率的に稼ごうとするなら、今回のような打撃を受ければすぐに地域を離れ別のところで稼ごう、となる。私たちは違う。由布院を守る。旅館業者の後ろには産品をつくる農家や、観光客が買い物をする商店がある。地域で価値観を共有し、信用し合ってきた。だから人が育ち、学生時代に古里を離れた若者たちも戻ってきている。人や地域に魅力があれば観光は伸びると信じている。

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 今回のコロナ禍は多くの人にとって「本当に大切なものは何か」「身の丈にあった快適さとは」などを問い直す機会になったと思う。それは観光にも影響するだろう。

 自然回帰、ゆったりとした人との交わり、安全安心がさらに求められると思う。自然豊かでなくとも、開発された地域にも歩みなどの魅力があり、都会の楽しさがある。そこに人をどう呼び込むか-。

 全国的にどんな対策が必要かは、正直分からない。解決策の糸口を探るためには、先人たちがたどってきた道を学び直し、再構築することで英知が浮かんでくると思う。そう、私たちが由布院の未来像を学ぶため、半世紀前に欧州を旅したときのように。

 (聞き手・稲田二郎)

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◆溝口薫平氏(みぞぐち・くんぺい) 1933年、大分県九重町生まれ。「由布院 玉の湯」代表取締役会長。元由布院温泉観光協会長。観光地における自然保護を主張した先駆け的存在で、2002年に国土交通省が初認定した「観光カリスマ」の一人に選ばれた。

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