【感染リスクと首長】 藻谷浩介さん

◆非常時に的確な判断を

 3月23日付の当欄に、次のように書いた。

 「九州人には、適度に外出し運動することをお勧めしたい。生活習慣病やうつ病を防げるし、経済のまひも避けられるだろう。個別自治体の判断で学校は再開していい。息がかかるほどの近接は避け、手洗いも徹底しつつ、旅行や外食もしていいだろう」

 今読むと、「県境を越えるような旅行は自粛すべきだ」とお叱りを受けそうだ。確かに他地域に、あるいは他地域から、ウイルスを持ち込みかねないので、今は筆者も東京でおとなしくしている。

 しかし感染リスクが鎮まった九州の地域内では、近接した会食は避けるなどの警戒は緩めずに、近場の小旅行をすることに問題はないだろう。公共交通機関内やホテル旅館内でクラスター(感染者集団)が発生した事例も報告されていない。過度の自粛で経済を殺すリスクの方が、次第に大きくなっている。

    ◆   ◆ 

 新型コロナによる死者数は5月14日現在、日本全国で人口100万人当たり5・5人。九州では2人である。日本では2018年、インフルエンザで人口100万人当たり27人が亡くなったが、そのレベルには至っていない。新型コロナの犠牲を軽んじるつもりは毛頭ないが、例えば日本でがんで亡くなる人は1日平均千人に上る。がんを告知され、目の前が真っ暗になっている人の方が、今この瞬間に陽性を言い渡されるコロナ感染者よりもずっと多いのだ。

 欧米先進国と比べた深刻度も違う。対応が称賛されるドイツでも人口100万人当たりの死者数は96人と日本の18倍近い。米国は259人と日本より桁が二つ上がる。外出自粛をしていないスウェーデンは349人、英国は499人だ。仮に日本で、未検査で亡くなる感染者が死者数と同程度いたとしても、この差は全く埋まらない。

 それでも日本で、スウェーデンで起きていない医療崩壊が懸念されるのは、感染症対応の医療機関が限定され、全病床の2%でしかコロナ患者を受け入れられないからだ。防護服や人工呼吸器といった資材、設備の不足がボトルネックとなっている。しかしそんな中でも、九州の病床は大都市圏に比べてやや余裕がある。超過密な大都市がなく、適度な大きさの都市が並ぶ特性がプラスに出た。

 アジアに目を転じると、騒動の震源地である中国の死者数は人口100万人当たり3人にとどまっている。台湾が0・3人、タイは1人、韓国は5人だが大きく増えていない。ベトナムやモンゴルは14日現在、死者ゼロだ。東アジアや東南アジアの主な国・地域では、実は日本が一番良くなく、経済活動再開もその分、遅れている。

    ◆   ◆ 

 自粛を求めつつ休業補償が遅れるなど、日本政府の対応には反省点も多い。だが、国はそもそも現場から遠いのだ。感染状況は地域によって違うのに、全国一律の対応を求めるのはナンセンスである。国は財源の手当てに専念し、行動自粛の程度などは自治体が機動的に決めるのが理にかなっている。

 その上で問われるのは、非常時に的確に状況判断したり、指揮したりできる人を、首長に選んでいたかということだ。もっとも日本の場合、それ以前の問題として、国のトップにそうした能力が欠けている。この期に及んでも、縁故者優先の政治継続のために、検察官の定年延長という不要不急案件の実現を図っている始末だ。

 「政治は自分には関係ない」とつぶやいて選挙に行かなかった有権者には、今回こそ「政治は自分や仲間の命を左右する」ということを、深く肝に銘じてもらいたい。

 【略歴】1964年、山口県徳山市(現周南市)生まれ。88年東京大法学部卒、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。米コロンビア大経営大学院で経営学修士(MBA)取得。2012年1月から現職。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」など。

関連記事

PR

PR