東南アジア、メディアが二重危機 「記事なくても困らない」強権拡大

西日本新聞 国際面 川合 秀紀

 新型コロナウイルスの感染拡大によって、報道メディアが二重の危機にさらされている。正当化されやすい政府の規制強化で取材と報道が厳しく制限され、経済環境の悪化で経営も揺らいでいるためだ。もともと強権的な政府が多く「報道の自由」の基盤が弱い東南アジアで、その危機はより深刻になっている。

 取材を申請しても、たらい回しや放置が多いタイの政府機関。今回は申請翌日の朝という驚くべき早さで返事が来た。

 記者は4月21日、感染拡大防止を目的に始まった夜間外出禁止令の午後10時~午前4時の間、バンコク都心がどんな様子か、当局の取り締まりがどんな状態かを現場で取材したい、と当局に申請した。禁止令を守らず外出し、摘発される違反者が多いためだ。

 禁止令は病院勤務や警備員などを除き大半が対象。メディアの現場取材も禁じられ、違反すれば禁錮刑と罰金刑となる。外国特派員協会などは、審査を経て発行されるプレスカードを携行すれば夜間取材を認めるよう求めたが、政府は「事前申請と許可が必要」。事実上の検閲に当たるし、もし夜間に重大な事案が発生しても現場に行けない。

 そもそも当局に許可を出す気はあるのだろうか。申請のため、担当部局を複数回訪ねた際、こう言われた。「非常事態宣言が出ていてみんな我慢しているんだ」「医師は夜いないと困るが記者は違う」「あなたの記事がなくても誰も困らない」。感染拡大、社会の混乱を防ぐためには、報道の自由は二の次-。

 「取材は許可できません」。取材申請の即時却下は、予想通りだった。

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 タイの感染者は累計約3千人。3月末に非常事態宣言を出して商業施設や飲食店の原則閉鎖、出入国や県をまたぐ移動の制限を実施。毎日100人以上いた新規感染者が最近は一ケタに減り、5月3日から一部店舗で営業再開が認められた。だがインターネット上で感染封じ込めを疑う声は根強い。情報が「政府発」に偏っているためだ。

 プラユット首相は非常事態宣言を出す際に「メディアは政府の情報以外、引用しないで」と求め、虚偽のニュースを取り締まると警告。毎週の首相会見も感染防止を理由に記者の出席を禁じ、ネット中継するだけになった。2014年の軍事クーデターと5年間の軍政を率い、民政復帰後も権力維持に成功したプラユット氏にとって、メディア取り締まりの強権手法はお手の物といえる。

 地元テレビ局「MONO29」の報道記者ピムさん(27)はいらだっていた。ホームレスの感染防止と生活支援をどうするのか。低所得者向け補償はどう線引きするのか。店舗の営業再開を許可したのに非常事態宣言を続ける理由は…。「チェックが必要な問題が多いのにメディアの責任を十分果たせない」。当局の摘発を恐れる同僚記者も多い。会社は4月半ば、記者らに在宅勤務と外でのインタビュー禁止を命じた。

 「感染防止のため一定の取材制限は仕方ないと思うけど、政権がメディアに圧力をかけるため『非常事態』を利用しているようにも感じる」

 感染防止対策と並行したメディア抑圧の動きは、タイ以外にも広がる。

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 「妻子のことを頼む」。カンボジアのインターネットメディア「TVFB」代表の記者ソワンさんは4月7日、こう支援者に言い残し当局に逮捕された。

 容疑は犯罪の扇動。政権に批判的な報道で知られるソワンさんだが、複数の報道によるとフン・セン首相が記者会見で語った言葉をフェイスブックでそのまま引用し、投稿しただけ。引用した言葉は「バイクタクシー運転手が(感染拡大の影響で)破産するというならバイクを売ればいい」という内容だった。

 政府側は「冗談を意図的に切り取った」としたが、なぜ扇動に当たるのか不明。厳しい生活を強いられる庶民の反発を強めかねないとして、逮捕で火消しを急いだ可能性がある。政府はTVFBの事業免許も取り消し、今も閲覧できない。

 フィリピンのドゥテルテ大統領は3月末、新型コロナウイルスに関連し誤った情報を流布すると罪に問う新法に署名。今月5日には、国内最大の放送メディア「ABS-CBN」の事業免許期限切れを理由に、政府がテレビとラジオ放送の停止を命令。同社は政権批判で知られ、以前からドゥテルテ氏が攻撃していた。

 ミャンマー政府は3月末と5月初め、通信事業者に計約250のサイト遮断を命令。公式発表はなく、事業者によるとポルノなどに加え、複数のニュースサイトがウイルス問題で虚偽の情報を報じたとして遮断されたもようだ。一方で、アウン・サン・スー・チー国家顧問は4月1日に自身のフェイスブックを開設して情報発信を強化。約240万人がフォローしている。

 「軍政時代のような雰囲気になってきた」。30代のミャンマー人男性記者は電話で続けた。「もし感染が終息しても、政府に批判的なメディアの抑え込みは弱まらないだろう」

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 タイの庶民向け日刊紙「コム・チャ・ルック」経済担当記者モーさん(50)は4月8日午後、無人の編集ルームに来て、荷物を持ち帰るため自席を片付けていた。「ウイルスの問題で、うちがこうなるとは思わなかったよ」

 8日付1面で、この日を最後に紙の発行をやめると告知。感染拡大で広告収入が激減し、小売店舗の営業禁止措置で購読収入も落ち込んだためだ。サイトは続けるが、モーさんら40~50代の紙面担当記者約35人は全員解雇となった。

 01年創刊時から記者として参画した。「多くの情報が出回る今こそ信頼できる報道が必要。若い記者には当局に『フェイクニュース』とつけ込まれないよう、事実に基づく記事を書いてほしい」。次の仕事は今も見つかっていない。

 タイの「MONO29」は今月から残業代や交通費を全額カット。ミャンマーの英字紙「ミャンマー・タイムズ」は4月下旬、記者ら約70人をレイオフ(一時解雇)するなど、各地でウイルス問題がメディアの経営を悪化させている。

 新聞などの「メディア危機」は以前から始まっており、淘汰(とうた)を望む声があるのも事実だ。一方で、30代のミャンマー人記者はこうも感じている。「『非常事態では報道の自由が制限されて当然』と安易に考える人が意外に多いということを、私たちは深刻に受け止めないといけない」 (バンコク川合秀紀)

■報道自由度最上位でも101位

 ジャーナリストの国際組織「国境なき記者団」(本部パリ)が4月21日発表した今年の報道自由度ランキングによると、東南アジア各国は下位が大半。

 対象180カ国・地域のうち、最上位でもマレーシアの101位。以下、インドネシア(119位)▽フィリピン(136位)▽ミャンマー(139位)▽タイ(140位)▽カンボジア(144位)▽ブルネイ(152位)▽シンガポール(158位)▽ラオス(172位)▽ベトナム(175位)。日本は66位で、中国は177位。

 同記者団は、少なくとも38カ国で新型コロナウイルス問題を巡る報道検閲や記者の拘束が見られるとしている。

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