冒険家にあこがれたストイックな山男 万年雪を溶かした出会い

 タラの芽や山ウドが芽吹き、サンショウが香る山あいに自然体験教室「山人クラブ」を開いて10年目。毎月開いてきた「大人の自然教室」や「親子アウトドア教室」も、今は新型コロナウイルスの外出自粛で休止中だが「日光浴をしたり、窓を開けて風を感じたりして自然を感じられれば気分転換になりますよ」と、ステイホームを少しでも快適に過ごす心構えをアドバイスする。

 福岡県新宮町出身で登山ガイドの冨永修さん(64)=筑紫野市平等寺=の初山行は15歳の春。兄に連れられ大分県の九重連山を3泊4日で縦走した。冒険家の植村直己にあこがれていたこともあり、自然の美しさや厳しさに魅了された。

 進学した福岡大大濠高で山岳部に入り、早稲田大でも山岳同好会に入って、山男に磨きを掛けた。大学2年生のときには南米に渡り、南米大陸最高峰のアコンカグア(6960メートル)に単独登山をするなど、11カ月間の冒険に挑んだ。

 31歳で脱サラして登山ガイドの道へ。プライベートでも映画「植村直己物語」のアラスカロケに参加したり、南米のアマゾン川やオリノコ川をカヌーで下ったりして、厳しい自然と向き合ってきた。

 自然は命がけで克服するものだった。日頃から準備を怠らず、万全の体調で臨むのが当たり前。目的の山頂まで行けなかったら、その山行は失敗だ。ガイドでも同様だった。そんな修さんの価値観を揺さぶったのが、子ども相手の教育キャンプで知り合った、福岡市の特別支援学校特別支援学級で教員をしていた奈美さん(45)だった。

 奈美さんにとって、自然は楽しむものだった。筑紫野市の山あいで育った奈美さんは、故郷の四季が大好き。教員になってからも、教え子たちの表情が自然の中で和らぐのを実感した。「山頂に行けなくても、道中を楽しめればいいじゃない」。奈美さんのおおらかさが修さんの万年雪を溶かしていった。

 結婚を機に山人クラブを設立。4年前には奈美さんも教員を退職して、2人で運営する。山男の専門性と、楽しさを大切にする元教員の視点の両方を生かす自然体験をインターネットでも発信し、自宅兼ゲストハウスの2階建ては、国内外の人々が集う場所になった。

 そんなときにやってきた新型コロナウイルス騒動。しかし2人は前を向く。今はオンラインで里山暮らしを疑似体験してもらえないかとアイデアを練る日々だ。「山には今日も気持ちよい風が吹いている。そばにはいつも変わらず、自然があります」 (後藤潔貴)

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