その呼吸器外せますか 一瀬圭司

西日本新聞 オピニオン面 一瀬 圭司

 正体不明のウイルスが見つかった。爆発的に増える感染者と死者。病院は廊下にまで患者があふれ、人工呼吸器も足りなくなる。救命見込みが小さい男の子の呼吸器を外すよう医師が看護師に指示を出す。別の患者に付け替えるためだ。同じ年頃の子を持つ看護師は心が揺れて-。

 医師役の妻夫木聡さん主演の映画「感染列島」(2009年)の一場面だ。実際、新型コロナウイルス重症者の呼吸器配分を巡って、欧米では救命可能性の高い患者を優先する「命の選択」があった。日本でもそんな未曽有の事態に直面しないとは言い切れない。

 医療現場はどうなるのか。臨床倫理に詳しい竹下啓東海大教授は「病院や医療者がばらばらに考え、不適切な配分が起きる危険性がある。公的な指針が必要だ」と問題提起する。3月末、竹下氏は学者ら仲間と指針の試案をまとめ「生命・医療倫理研究会」のウェブサイトで発表した。

 患者の意向を中心に据える一方、災害時のトリアージ(治療の順位付け)と同様に救命可能性の高い人に呼吸器を付け替えることを認める考えを示した。患者の社会的地位や性別、公的医療保険の有無などによる順位付けも「差別だ」として禁じている。

 命を巡る難題だけに反論もあった。「『生産性のない人には装着すべきではない』という障害者差別を正当化する優生思想につながりかねない」。筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の舩後靖彦参院議員は反対する声明を出した。「議論自体が差別を助長する」といった意見もある。

 コロナ禍の医療倫理は、ほぼ手つかずだ。対策に当たる閣僚が自身のPCR検査陰性を公表した際には「検査を受けられない市民がいるのに大臣だけ特別扱いするのか」との批判も出た。命を左右する呼吸器の取り扱いならば、なお物議を醸すだろう。

 国内でコロナ感染者が確認されて4カ月。出遅れ感は否めないが、タブー視せずに論議することが必要ではないか。専門家会議の武藤香織東京大教授は「難しい判断を医療従事者だけに任せるのは避けるべきだ」と指摘、優生思想の観点を含めて「学会を中心に考え方の原則を決めることが大事」と強調する。「第2波」に対する備えは感染予防とともに倫理面も急務である。

 呼吸器を外す医師や看護師に見守られ、患者が次々に亡くなっていく。映画の中だけの話だろうか。

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 ▼いちのせ・けいじ 福岡県広川町出身。2004年入社。筑豊総局、宇佐支局、社会部、北九州本社を経て東京報道部。厚生労働省などを担当。

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