医療現場、怒濤の1カ月 看護師の発熱で緊張走るも…役立った「経験」

西日本新聞 社会面 斉藤 幸奈

 「私は生きて病院から出られるのでしょうか」「いつになったら熱が下がるの」。新型コロナウイルスによる未知の感染症との闘いに取り組む医療現場。九州で感染拡大が進んだ4月、感染症指定医療機関の一つ、福岡東医療センター(福岡県古賀市)では新たな感染者が次々と入院し、不安を訴える声があふれた。コロナ禍の中、現場では何が起きていたのか。医師や看護師はどう向き合っていたのか。

 窓が開けられない。廊下に出られない。家族にも会えない。つらい環境の中、39~40度の高熱が解熱剤を使っても下がらず、1カ月ほど入院する患者も多かった。「長引く高熱に、このまま死ぬのかと口にする患者さんもいた」と感染症センターの副看護師長、堺弓子さん(34)は振り返る。

 患者にとって看護師は直接言葉を交わせる貴重な存在で、堺さんは不安に耳を傾けるケアを大事にした。マスクをしてもらい、少し距離を保って話を聞く。15分ほどたつと、重苦しい雰囲気も少し和らぐという。

 院内には受け入れ可能な病床が12あったが、患者の急増に追い付かないと判断。結核病床に入院していた十数人に転院してもらい、4月上旬に計45床程度の受け入れ態勢を整えた。中等症や重症の患者を中心に、多いときには25床ほどが埋まったという。

 人工呼吸器を使用する重症の患者には、数時間おきに状態確認などのため病室に入る必要がある。気を張る勤務の連続。堺さん自身の疲労も蓄積されていった。「『命を救われたよ』という言葉が励みでした」と堺さん。人工呼吸器を装着した後、回復した50代男性感染者が声を掛けてくれた。

   *    * 

 院内に強い緊張が走ったのは4月中旬。看護師が発熱した。院長室で毎日行う幹部会議の空気が張り詰める中、中根博院長(59)は感染の可能性を考え、「濃厚接触者として自宅待機になる職員がどれぐらいいるか確認して」と指示。診療をどの程度縮小することになるのか考えを巡らせた。結果的に、PCR検査は陰性だったという。

 感染者の診療は院内感染の防止と表裏一体だ。防護具が不足する中、「通常ではやらないこともせざるを得なかった」と感染症内科の肥山和俊医長は明かす。職員の防護用ガウンの在庫が底を突きそうになったため、患者1人につき1日1着とし、担当する複数の職員で着回す時期もあった。

 計60人ほどの診療を担当した肥山医長は、重症化の兆候を見逃さないことに全力を注いだ。「悪化するときは、1日ほどで急に呼吸状態が悪くなる。患者の訴えや(体温や血圧など体の状況を示す)バイタルサインの変化を丁寧に確認した」。多いときは1日に4人ほど新たな入院もあり、深夜まで対応に追われた。

 怒濤(どとう)の1カ月を乗り越えることができたのは「数年前にエボラ出血熱の疑似症患者を受け入れた経験が役立った」(中根院長)。感染症指定医療機関として、定期的な訓練の蓄積もある。中根院長によると、新型コロナ対応で感染症担当を増員する意向を尋ねた際、看護師の6割以上が「担当して構わない」と答えた。

 最近は感染状況も落ち着き、九州各県では緊急事態宣言も解除された。一方で、感染拡大の第2波への懸念は拭えない。中根院長は「警戒は緩めない」と力を込める。

(斉藤幸奈)

福岡東医療センター】549床。内科、感染症内科、外科など31の診療科がある。職員数は約800人。1962年に三つの結核療養所が統合して発足した。

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