目標は「閉鎖」 “仮設の映画館”始めた配給会社代表の信念

西日本新聞 文化面 平原 奈央子

コロナ禍を生きる

 各地の映画館が休館する中、配給会社「東風」代表の木下繁貴(きのしたしげき)さん(45)=長崎県諫早市出身=は新作を中心にインターネット配信する「仮設の映画館」を始めた。「観客、劇場、配給、製作者、みんなにとって何かよいことができないか」。新型コロナウイルス感染症拡大の渦中の生き残り策で、配給会社7社と全国の映画館61館が連携し運営している。

 「仮設の映画館」は劇場での通常の一般料金1800円を支払い、各自の端末で鑑賞する。劇場は鑑賞者が選ぶが、木下さんによると、行きつけの劇場や故郷の劇場を選ぶ人が多いという。

 「みなさんの劇場愛をあらためて感じました」

 収益は劇場と配給、製作者に分配される。

 「仮設の映画館」のアイデアは今春、新作「精神0」を封切り予定だった映画監督の想田和弘監督との話し合いで生まれた。目標は「閉鎖すること」。ネット上映の冒頭では「状況が落ち着きましたら、ぜひ本物の映画館へ足をお運び下さい」とアナウンスを流している。

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 東風は2009年に設立。「FAKE」(森達也監督、16年)「ヤクザと憲法」(〓方宏史監督、同)「人生フルーツ」(伏原健之監督、17年)「主戦場」(ミキ・デザキ監督、19年)など、数々の社会派ドキュメンタリーの話題作を世に送り出してきた。

 木下さんが社会問題に関心を寄せる原点は、故郷諫早にある。漁師だった父は諫早湾干拓事業で生業を失い、工場などで働きながら一家を養った。「訴訟をめぐっては、漁師をやめた家として板ばさみの現実も目の当たりにしました」

 諫早高、福大をへて日本映画学校(現日本映画大学)に入学。ドキュメンタリーの手法を学ぶうち「見せる方の面白さ」に関心が向き、配給や宣伝の世界に興味が沸いた。

 映像制作会社の配給宣伝部を経て独立したが、最初に手がけた映画は不発に終わった。だが、両親に頭を下げて独立資金を借りた経緯もあり、スタッフも抱えて後戻りはできなかった。

 ようやく道が開けたのは、ドキュメンタリーの秀作で知られる東海テレビとの出会いからだった。戸塚ヨットスクールの30年を追った「平成ジレンマ」(斉藤潤一監督、11年)を皮切りにこれまで同局制作の12本を配給し、少しずつ動員数が伸びた。世界的にドキュメンタリーの注目作が続く時代の波も来た。アートや音楽などテーマも多様化し、上映館が増えていった。

 社会的に敏感な問題を扱った作品の上映には覚悟が必要な時もあるが「映画として面白い、観客に見せたい」との基準に合えば配給する。そして、劇場にこそ映画鑑賞の醍醐味はあると信じている。

 「知らない人と同じ映画を見て泣き笑いしたり、帰り道にごはんを食べたり。全部ひっくるめてこその鑑賞体験だと思うんです」

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 自粛要請の影響で、劇場での新作封切りは見通しが立たない。開館しても客足が戻るか不透明で、既に封切り予定を大幅に先送りしている配給会社も多い。休業補償など公的支援がなければ存続が危ぶまれるミニシアターもあり、支援策として「仮設の映画館」は当面続ける。

 ネット配信作のひとつに、「春を告げる町」(島田隆一監督、20年)がある。舞台は東日本大震災の原発事故で全町避難を経験した福島県広野町。恐竜の化石でも有名な同町だが、絶滅した恐竜に震災を重ね合わせて語る地元の人の言葉は、普遍的な重みがある。「生命というのは、もともと不条理の中で生きているんですね」

 今回の感染症拡大も現代人に突如訪れた不条理として、いずれドキュメンタリー作品で問われていくだろう。「ドキュメンタリー映画は、3・11前後で物の見え方、描かれ方が変わりました。取材対象に寄り添う姿勢が強くなったんです。今後はどうなるでしょう」。そう話す木下さんは、既存の価値観を更新する「アフターコロナ」の作品を楽しみにしている。

 (平原奈央子)

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