予期していた?1933年「少年俱楽部」の読み物、開戦後の状況に酷似

西日本新聞 筑豊版

モノが語る戦争 嘉麻市碓井平和祈念館から(8)

 「少年倶楽部」は、人気の少年雑誌だった。満州事変の2年後、日本が国際連盟脱退を表明した1933(昭和8)年に発行された「愛国大会号」には、8年後に始まる欧米との戦争を予期するかのような読み物が掲載されていた。

 そのひとつは陸軍少佐が書いた「国家総動員絵ばなし」。「日本は国際連盟を脱退した。満州国を助けて東洋の平和を守らんがためである。これに対して、諸外国は今こそ鳴(なり)を静めているが、いつどこの国が日本に戦を挑んで来て、開戦になるかわからない。そのときに日本国民の覚悟を、わかりやすく説明したのがこの絵ばなしである」の書き出しで始まる。

 本文は以下のように続く。JOAK(現NHK)の臨時ニュースで宣戦の詔勅が伝えられ、動員令により予備兵、後備兵、国民兵まで召集令状を受けて続々と戦地へ。毒ガス弾や焼夷(しょうい)弾を積んだ飛行機の襲来に備え、防空監視哨が設けられ、青年団、少年団も任に当たる。敵機に襲われたら高射砲で迎え撃ち、安全な場所に逃げ込む市民を在郷軍人や青年団、消防団が守る。造兵廠(しょう)などは平常の何十倍の職工を雇っても間に合わず、民間すべての工場や会社が動員され軍用品を製造する。列車や自動車も軍用に借り上げられる。

 国民は毎日の食物を節約。羊毛・綿糸は代用品を使い、貴金属・銅像も軍用に使用される。科学者は新兵器の発明に総がかり。放送局や新聞は政府の指示に従って戦争の様子を知らせ、国民の意気を高める記事を出す。牛馬や犬も戦地に送られ、丈夫な男子はみな戦争に関わるため、婦人や少年が運転手になり、ハンマーを振るい、くわを握って働くことを覚悟しなければならない、と結ぶ。

 また、「太平洋雷撃戦隊」という読み物では、特命を受けた潜水艦が太平洋を潜航し、米領ハワイの東2千キロの洋上で宣戦が告げられ、戦闘状態に入る、というものである。

 41年の真珠湾攻撃に始まる日米開戦と日本がたどる終戦までの運命を予見しているようである。

(嘉麻市碓井平和祈念館学芸員 青山英子)

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 嘉麻市碓井平和祈念館が収蔵する戦争資料を学芸員の青山英子さんが紹介します。

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