「タゴール・ソングス」ベンガルの人が抱きしめる「信じられる言葉」

西日本新聞 吉田 昭一郎

 連載「つなげミニシアターの灯」では、新型コロナウイルス禍の中、インターネット上で映画を有料配信する「仮設の映画館」の上映作を紹介している。今回は、非ヨーロッパ語圏で初のノーベル文学賞を受賞した近代インドの詩人で、2千曲以上の歌も残したラビンドラナート・タゴール(1861~1941)の歌の魅力を、若手の佐々木美佳監督がインドとバングラデシュにまたがるベンガル地方を旅して見つけ出すドキュメンタリー映画「タゴール・ソングス」。愛唱する人々の日常と人生に、ベンガルの風景が重ねられ、その言葉の連なりが輝きを放つ。

「タゴールを見ろ! 俺の心の中にいる」

 映画で最初に出てくる歌は、タゴールの歌の中で最もポピュラーという「ひとりで進め」だ。

 ♬もし君の呼び声に誰も答えなくとも ひとりで進め ひとりで進め♬

 太陽が朝もやの中に浮かぶインド・コルカタ、橋の上を行き交う人々と車の映像にのせて、女性歌手が歌い上げる。伝統の弦楽器・サロードの伴奏が異国情緒を醸しだし、その歌声は語りかけるようでもあり、かんで含めるようでもある。

 ♬もし誰もが口を閉ざすなら もし誰もが口を閉ざすなら/もし誰もが顔をそむけ 恐れるなら もし誰もが顔をそむけ 恐れるなら/それでも君は心開いて 心からの言葉を ひとり語れ♬

 字幕の歌詞に引きつけられる。気持ちを前向きに導く何かがある。植民地支配をしていた英国がインドの反英民族運動の分裂を狙って出したベンガル分割令に反対した当時のタゴールが作ったという。自他を鼓舞する決意の歌だろう。

 「ひとりで進め」は映画の随所で人々が歌う。ファストフード店で女の子が口ずさむ。若者のラッパーはこんなラップを披露する。「タゴールを見ろ! 俺の心の中にいる(略)タゴールは言ったぜ ひとりで進め そして“強くあれ”ってな」

 100年以上たった今も若者たちに自然と受け継がれ、彼らを励ます。佐々木監督は「タゴールの歌を知る中で最初に腑(ふ)に落ちて、自分の中でかみしめた歌。現代でも誰の心にも響きます」と語る。

走る列車の上で歌うバングラデシュの高校生ナイーム(手前)。タゴールの言葉に生きる情熱をもらったというⓒnondelaico

 

路上生活の子どもたちを励ます

 幼い頃、両親を亡くし路上生活の飢えや寒さに苦しんだバングラデシュの高校生、ナイームは主要登場人物3人のうちの1人。今、歌手を志し、同じ境遇の子どもたちに歌を教える。一時生きる意味を見失ったが、タゴールの言葉から生きる情熱をもらったという。「夢をかなえよう」と呼びかけ、一緒に歌い始めるのが「ひとりで進め」。苦しむ子どもたちを励ましたいのだ。

 インタビューで浮き上がってくる人々の来歴、貧困と飢餓、子どもの路上生活など、ベンガルの現実を重ねながら彼らの歌声を聴くと、より深く伝わるものがある。タゴールの言葉が人々の中に確かに宿っているのが分かって、一節一節が確かな実在感をもって迫ってくる。

 ナイームは保護施設で育てられた。そこで最初に覚えた歌「赤土の道」をギターの弾き語りで独唱する。

 ♬村を旅立ち 赤土の道を進む 私の心が惹かれるほうへ♬

 バングラデシュの赤土の田舎道を出立する光景だ。

 ♬村を旅立ち 赤土の道を進む 私の心が惹かれるほうへ♬

 同じフレーズの繰り返しの先に何らかの想像力が引き出される。ナイームは、多くの人を屋根の上にのせて走る列車の上でも歌う。田園風景を次から次に後景に置き去る屋根からの視界に絡んで、空に響く歌声は、タゴールの言葉をさらに詩情豊かな世界にいざなっていく。

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