根絶って本当ですか

西日本新聞 オピニオン面 上別府 保慶

 人類の長い歴史の中で、天然痘はただ一つだけ根絶に成功したとされる感染症だ。その天然痘が奈良時代に朝鮮半島から北部九州に流入した時、今のコロナ禍さながらに大いに政治を揺るがしたことがある。

 混乱は736年、新羅(しらぎ)へ向かう朝廷の使節が天然痘が流行する博多(福岡市)に立ち寄ったことから始まった。ここで一行は迎賓館の「鴻臚館(こうろかん)」で七夕の宴を張った。みやびなその様子は宴で詠まれた和歌が万葉集にあり、今に伝わる。

 一行が博多を出帆して壱岐まで来た時に、それまで元気に歌を詠んでいた随員が発病し死んだ。一行は新羅へ旅した後に帰路に就いたが、最高位の大使が対馬で病死。副使は奈良にたどり着くことができた。出発時には100人以上もいた一行は40人に減っていた。

 都で広がった天然痘は、政界を牛耳る藤原家4兄弟の命をことごとく奪い、朝廷は仏の力にすがるために盧舎那仏(るしゃなぶつ)の建立を命じた。奈良の大仏である。

 この大仏に金メッキを施す際に使った水銀が公害を招き、民の苦しみをさらに増したという説がある。長崎大教授だった化学者の白須賀公平氏が指摘した。

 この金メッキ法は、金を水銀に混ぜて像の表面に塗り、炭火の熱で水銀成分を蒸発させて金のみを残すもの。約50トン分の水銀がまき散らされた計算になるという。白須賀氏は、奈良盆地に水銀中毒がまん延したことが「たたり」と信じられ、平城京が遷都する一因になったとも考えた。

 天然痘の話に戻る。そのウイルスの感染力は強く、致死率は約20~50%とされる。かかると皮膚にうみがたまった膿疱(のうほう)ができ、回復した後も顔に痕が残った有名人には、スターリンや夏目漱石らがいる。

 昔から忌み嫌われたこのウイルスを、生物兵器として備蓄すると疑われる国々がある。一つは北朝鮮。韓国の朴槿恵(パククネ)政権が「国防白書」で、北朝鮮の生物兵器保有を強く批判したのは2016年のことだった。

 そのくだりは日本の「平成29年版防衛白書」も引用しており、翻訳を防衛省のホームページで読める。

 「(北朝鮮は)炭疽(たんそ)菌、天然痘、ペストなど様々(さまざま)な種類の生物兵器を独自に培養し、生産しうる能力を保有していると推定される」

 これの注釈には生物兵器が弾道ミサイルに搭載された場合について、迎撃時の熱で無力化できるとあるがなかなか安心はできない。現に韓国に駐留する米軍兵士は、天然痘ワクチンの接種を受けて備えている。

 しかも北朝鮮はこのコロナ禍の中も、ミサイルの発射を繰り返す。病魔に立ち向かうには連携こそが必要と世界各国が学ぶ今、例外もまたあるのだ。

 (特別編集委員・上別府保慶)

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