平野啓一郎 「本心」 連載第251回 第九章 本心

西日本新聞 文化面

 僕は、自分がほとんど、彼の上半身しか見ておらず、下半身が、存在していないかのように接していたことに気づかせられた。そして、彼が自分という人間を全体として生きる上で、感覚の失われた領域とどのような関係を築いているかを、その的確な説明で理解した。

 静かに息を吸いながら、僕は持ち上げた頭をゆっくり下ろすと、小さく頷(うなず)き続けた。

「外に出かけなくなってしまったのも、一つはそれが理由です。街中の移動が億劫(おっくう)なだけじゃないんです。上にいる間も、ずっと仕事をしてるわけじゃなくて。……だから、二階には人に来てほしくないし、僕は何かあった時のために、下に朔也(さくや)さんがいてくれるだけで安心なんです。場合によっては、酷(ひど)い有様(ありさま)で助けを呼ばなければならない時もあると思いますけど、僕は、朔也さんなら、そういう時にも、僕を助けてくれる気がしてたんです。」

 その思いがけない告白に、僕はやはり、しばらく言葉を発せられなかった。

 なぜ僕を、イフィーがこれほど必要としているのか。ほとんど何の仕事もないまま、なぜいつも、家で待機させているのか。僕が、凡(およ)そ「ヒーロー!」からはほど遠いことに、彼は早くから気づいていたはずだった。それでもなぜ、僕の存在が、彼の精神を安定させているのか。――僕はその疑問に、ようやく答えを得た気がした。

 勿論(もちろん)、だったらなぜ、予(あらかじ)め僕にそう言っておかなかったのか、なぜ、下の階に住んでいるという家族に連絡しないのか、と、幾つもの疑問が浮かんだ。けれども、その一つ一つに、彼なりの理由があるらしいことは察せられた。

 僕は、自分が彼にとって、確かに特別な人間であることを感じるのと同時に、特別な人間ではないことも感じた。今、彼と最も近しい場所にいるという意味では、確かに僕は特別だった。彼のファンにとっては、夢のようなことだろう。けれども、僕がここに来る以前にも、恐らくそういう人がいたのではないか、と想像する限りに於(お)いて、僕は特別ではなかった。そして、その人物は、事情はどうであれ、今はもう、ここにはいないのだった。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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