被爆者ではない…それでも被爆地描く 元美術教諭の思い

西日本新聞 長崎・佐世保版 西田 昌矢 坪井 映里香

祈りの油彩 未体験画家が描く戦争(1)

 2020年は終戦から75年の節目である。先の大戦ではあまたの尊い命が奪われ、広島、長崎では人類史上初めて核兵器が使用された。戦後、日本は戦争を引き起こす過ちを繰り返してはいない。ただ、戦禍の記憶は薄れていく。不戦の誓いを揺るがずに継承するため、私たちは過去に学び、未来を展望したい。今年、西日本新聞長崎総局は被爆地長崎で、戦争体験の有無にかかわらず、世代やジャンルを超え、平和の継承に取り組む人たちに目を向ける。第1シリーズは戦争経験のない長崎市在住の画家が平和を祈り、長年にわたって戦争を題材に制作してきた作品を連載で初めて紹介する。戦争で払った犠牲の大きさ、懸命に生きた人たちに思いを寄せる。

 県内で中学美術教諭として32年勤め、今は長崎市の風頭山頂近くに私設美術館を開く洋画家のウエダ清人(せいじん)さん(67)。

 五島列島出身で自らのルーツである潜伏キリシタンや、生涯のテーマとする大地をイメージした作品を手がける一方、学校現場にいたころからこだわっていたモチーフがある。原爆を中心にした戦争だ。

 教員時代、被爆体験を語り継ぐ何人もの語り部の講話に生徒とともに耳を傾けた。その惨状を忘れまいと、話を聞いた夜は自宅でキャンバスに向かった。被爆地長崎にいる美術教諭として、絵画指導だけでいいのか、との思いがあった。

 国内で最大の地上戦があった沖縄、米国の原爆開発の拠点だったニューメキシコ州にも足を運んだ。

 原爆や戦争を描いてきたのは、親交があった地元の画家、故松添博さんの影響も大きいという。原爆で犠牲になり、振り袖姿で火葬される少女を描いた松添さんの代表作「悲しき別れ―荼毘(だび)」は多くの人の心を打つ。被爆の語り部としても、がんで声帯を失いながら人前に立ち続けた。

 「自分しか描くことができない作品を描き続けなさい」。それが、松添さんから受けた薫陶だった。

      ◇

 戦争や長崎原爆をテーマにしたウエダさんの作品は約150点。教会などをテーマに何度も個展を開いてきたが、戦争の作品だけは公表してこなかった。

 自分は被爆者ではない。身内にもいない。とても松添さんのような作品を自分は描くことができない―。そんな気後れが、作品の公表をためらわせてきた。

 だが、被爆者、戦争体験者のいない時代は、確実に迫りつつある。

 戦時中、日本の画家たちは戦意高揚のための絵を軍部に強いられた。戦艦が造られた長崎港の周辺では情報統制のため、スケッチすら許されなかったという。

 そんな昔話を知る人も少なくなり、戦争体験世代でも筆を握る人が減った。未体験者でも作品を出さなければ、不戦の表現が途切れはしないか―。表現者としてその思いが募り、ウエダさんは描きためた油彩の一部を本紙で紹介することを承諾してくれた。夏には自らの美術館でも公開。作品を見た誰かが平和に関心を抱いてくれれば、と願う。

 紙面中央の実物の作品は縦55センチ、横75センチ。赤みがかかる空の下を人影がうごめく。2010年に手がけた。画題は付けていない。

 「被爆して焦土となった長崎の街や大地を思い描きました。惨禍の中でも、人々が、なお懸命に生き抜こうとしている姿です」

 ▼ウエダ清人 本名・上田清人(きよと)。1952年、新上五島町の有福島生まれ。中学教諭の傍ら創作にも励み、西日本美術展や上野の森美術館大賞展などで入賞。退職後も大地や長崎・天草の教会群をテーマに制作を続け、作品は数千点に上る。2017年、長崎市街地を見晴らす風頭山頂近くに「風の大地美術館」をオープン。自身や地元作家のほか、発表する場が少ない障害者や若者らの作品も無料で展示する。長崎原爆の日に合わせ、これまで40年近く地元の美術仲間たちと「ながさき8・9平和展」を開いており、応募があった一般作品の展示を通じて、平和を呼び掛ける活動もしている。

 ●核廃絶、遠い道のり 今春、NPT会議

 広島、長崎の被爆から75年となる2020年。米ニューヨークで今春、発効から50年となる核拡散防止条約(NPT)の再検討会議が開かれる。米ロの中距離核戦力(INF)廃棄条約が昨年8月に失効した中、5年に1度の会議で核保有国が核軍縮交渉を進めることができるかどうかが焦点だが先行きは見通せない。

 17年に国連で採択された核兵器禁止条約を巡る状況も楽観できない。長崎、広島両市が主導する「2020ビジョン」の柱の一つである同条約発効の目標期限は今年12月に迫る。発効には50カ国・地域の批准が必要だが、昨年末現在で34。保有国はもとより米国の「核の傘」に入る日本なども批准せず、国際社会の協調が試される。

※記事・写真は2020年01月01日時点のものです

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