「爆心地での祈り」平和な世、静かに願う作品

西日本新聞 長崎・佐世保版 西田 昌矢 坪井 映里香

祈りの油彩 未体験画家が描く戦争(3)

 1945年8月9日、長崎市松山町の三菱重工長崎造船所が所有していた空き地の上空約500メートルで、原爆がさく裂しました。

 今は爆心地公園として原爆落下点を示す標柱と石碑がひっそりと置かれています。すぐ近くの平和公園が広場としてきれいに整備され、修学旅行生たちでにぎわうのとは対照的に、こちらは静かに手を合わせる人が訪れます。私も教員のころは生徒たちと何度も訪れ、千羽鶴をささげました。

 連載3回目のこの絵は、ここで祈る人たちの姿に着想を得ました。右上には青白い光があり、中心に十字架を掲げる人がいます。

 いろんな見方ができるでしょう。目がくらむような原爆が爆発する間際に惨禍から逃れたいと祈ったのか、それとも一刻も早く戦争が終わり、平和な世が訪れるのを静かに願うのか。

 「爆心地での祈り」というテーマから外れなければ、絵に何を見いだしてもらっても構いません。原爆で亡くした家族が安らかに眠ることを願う人、遠い国から来て原爆の悲惨さを知った人…。公園を訪れる理由はそれぞれ異なり、受け止めも違うはずです。

 昨年11月、この場所をローマ教皇として初めてフランシスコが訪れました。献花の際、花輪に手を置いたまましばらくうつむき、その後に空を見つめた姿が印象的でした。75年前の上空での出来事を思い、長崎の犠牲者を追悼したのだと思います。儀礼的ではなく、ごく自然な振る舞いでした。

 演説では「ここは私たち人間が過ちを犯し得る存在であることを、悲しみと恐れとともに意識させてくれる」と語りました。静かな口調でしたが、爆心地の惨劇から長い年月がたってもまだ核兵器を持つ人類の危うさを指摘しているのではないかと思いました。

 世界が核兵器から解放されるには、お互いが不信をなくして信頼し合うべきで、そのためには個人や宗教団体、核保有国、非保有国、すべての協力が必要―。その言葉を考えれば宗教者というより、一人の人間として純粋に平和を願っているように感じます。

 教皇訪問をきっかけに、爆心地を訪れる人が増え、75年前の惨禍を振り返ってほしいです。どうすれば核兵器がなくなるのか、考えを深めてもらえればいいなと思います。

※記事・写真は2020年01月05日時点のものです

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