「お国のために」前途奪われた若き特攻隊員

西日本新聞 長崎・佐世保版 西田 昌矢 坪井 映里香

祈りの油彩 未体験画家が描く戦争(6)

 長崎市の中学校に勤務していた20年以上前には、生徒たちと修学旅行で鹿児島県の薩摩半島の南にある「知覧特攻平和会館」にも行きました。

 知っている人も多いでしょうが、沖縄戦が始まると、南方の最前線では戦闘機で敵艦船に体当たりする特攻作戦が激しくなりました。圧倒的な攻撃力の米軍に対し、新たなパイロットの養成や飛行機の生産が追いつかない日本軍が少ない物資と精神力で対抗するというものです。

 九州各地から出撃し、作戦で亡くなった特攻隊員たちは約千人に上ります。陸軍飛行学校の分校だった知覧の飛行場は、沖縄に最も近いために基地となり、本土からは最も多い約400人が飛び立ち犠牲になったそうです。

 隊員たちは10、20代の若者が中心です。今ならば高校生や大学生の年齢です。館内には、家族に宛てた手紙や遺書などの文章が残されています。出撃を目前にして「お国のために」と必ず体当たりすることを誓う人や、「お母さん、お体を大切に」と親を気遣う人も。一方で、ずらりと並ぶ隊員たち一人一人の顔写真の表情には、まだ少年らしい幼さを見せる人もいます。

 出撃直前に寝泊まりしたという半地下壕(ごう)となった三角兵舎も見学しました。隊員たちは、そこで仲間たちと日の丸に寄せ書きをしたり、布団をかぶってひそかに泣いたりしたそうです。帰還が望めない飛行機に乗る境遇や、死を目前にした心境は想像がつきません。

 それぞれがきっと自分の将来に夢を持っていたはずです。私と同じように絵を描きたかった人がいたかもしれないし、普通に家庭を持ち父親になりたかった人もいたかもしれません。

 紹介する絵は、黒色を重ねた左側部分に、前途がありつつも命を落とさざるを得なかった特攻隊員たちの悔しさや無念さを表現しました。戦争は夢を消し去るのです。対比するように右側を明るくしたのは、本来の若者が抱く未来への希望や喜びを表しました。

 知覧でも、生徒たちと語り部の話を聞きました。自分たちよりほんの少し年上の若者ですら戦地に向かっていたことを知り、衝撃を受けていたようです。

 元教員として、若者たちが戦地に送り出されるような世の中に二度と戻ってほしくありません。若い人が夢を持ち続ける時代が続いてほしいものです。

※記事・写真は2020年01月08日時点のものです

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