被爆しつつも再生するクスノキ…今も伝える悲惨さ

写真は語る 12枚に込められた思い(2)

 原爆の熱線で幹が裂かれても、黒焦げになっても、木はやがて新芽を吹いた。

 爆心地から800メートルの山王神社(長崎市坂本)にある被爆クスノキ。樹齢500年以上とされる2本を撮った写真を掲載する絵はがき「甦った山王社の神木」は、被爆しつつも再生する巨木の姿に、撮影者が長崎の街が復興することを重ねたのか。

 長崎原爆が投下された当日、神社がある一帯は焦土と化した。原子野にクスノキだけがぽつんと立っているのが見えたという。

 当時3歳だった舩本勝之助宮司(78)は母や姉に連れられて近くの防空壕(ごう)に逃げ込み、命を取り留めた。神社周辺の惨状の記憶はない。母と姉も「忘れた」と述べ、被爆直後の様子を話そうとはしなかった。

 境内に残ったクスノキは、戦後幼かった勝之助さんにとって、友だちと一緒によじ登った遊び場だった。跡形が消えた神社を再建しようと、戦後に復員した当時宮司で父親の長吉さん(故人)は馬車を引き、生計を立てて神殿を建てた。

 神社の再建と、長崎の街の復興を見守ったクスノキも昔と比べると、葉や枝の数が減ったという。それでもなお芽吹き続ける。

 「クスノキは母や姉のように語れなかった人に代わり、今も原爆の悲惨さを伝え続けているように感じる。これからも長く生きてほしい」と勝之助さんは語る。

※記事・写真は2020年02月02日時点のものです

関連記事

長崎県の天気予報

PR

PR