熊本から福岡へ…県境越えて感じたギャップが原点 「あたりまえ」の外に出て知る自分

西日本新聞

 文化人類学を学びはじめて20年以上になる。大学に入るまで、世の中にこんな学問があるなんて、ほとんど知らなかった。振り返ってみると、人生の歩みを決めたのは偶然の積み重ねばかりだ。

 高校生のとき、一度だけ文化人類学の新書を手にとったことがある。ぱらぱらとページをめくり、なんか難しそうだなと思って読まずに閉じた。でもその本に引かれたのは、どこかでずっと「文化」に興味があると思っていたからだ。

 きっかけは中学生のころ、生まれ育った熊本市から福岡県の博多まではじめて鉄道で一人旅をしたときのこと。博多駅のホームに降り立つと、なんとなく人の雰囲気が熊本と違うことに気づいた。

 まず服装が違う。福岡のほうがだいぶカジュアルに見えた。靴も違う。熊本だと革靴が多いのに、福岡ではスニーカーが目立った。人と話しても、福岡の方がオープンな感じがした。もちろんただの印象にすぎない。そんな安易な県民性の比較は文化人類学からほど遠いのだけど、当時の私は県境をまたいだだけで人の様子が変わることを単純に「おもしろい!」と思った。

 大学でどんな学問を学ぶべきか、こんなささいな経験の記憶が自分の進路を選ぶ手がかりになった。大学や学部を選ぶときも、授業をとるときも、「文化」と名のついたものをどこかで意識的に選んでいた気がする。

 さて、その後、私は文化人類学を職業にするようになった。本連載では、その人類学者の視点から世の中のことを考えてみようと思う。

 文化人類学は、現場にみずから赴いて調査するフィールドワークを大切にしている。かつては「未開社会」の研究をすることも多かったが、現代の人類学は、先進国の金融街から軍隊、病院や研究所、都市のスラムなど、ありとあらゆる場所が「フィールド」になる。どこが調査対象でも、慣れ親しんだ小さな世界から一歩、外にふみだす。それが重要になる。

 なぜなら自分の「あたりまえ」は、その外側に出ることで気づくことができるからだ。ずっと熊本で暮らしてきた私は熊本のことをあまりわかっていなかった。文字どおり、あたりまえすぎたのだ。福岡に出てはじめて熊本の人の特徴がうっすらと見えた。人は「あたりまえ」の内側にいるだけでは、自分たちがどんなふうに生きているのか、知ることはできない。

 だから文化人類学は調査対象だけを研究しているわけではない。異なる場所で生きている人びとの営みをとおして自分たちを知る。その私たちと彼らとの「ずれ」から世界の成り立ちを考える。それが「人類学者のレンズ」だ。

 新型コロナウイルスが引き起こしている事態のなかで、現在、だれもがこの「ずれ」を経験している。急にあたりまえの日常が崩れ、自分たちがどんな社会に生きていたのか、世界がどうつながっているのか、あらわになった。

 10年前にはあまり耳にしなかった「インバウンド」という言葉。でも日本の観光業はすでに海外からの旅行者がいないと成り立たない。身につけているものも、工業製品も、多くが海外の工場で生産されている。私たちの生活の大半が外国の人に支えられている。今回あらためてそのことを突きつけられた。

 ふつうにやれていたこともできなくなった。私が関係する研究会や学会も軒並み中止や延期になった。学校でみんなと授業を受け、給食を食べる。友人と飲み会をする。音楽のライブや演劇を楽しむ。そんな人との関わりや外出の機会が失われた。でも「不要不急」とされることがなくなると、人生はとたんに味気ないものになる。日常のありがたさを思い知らされた。

 1カ月後、どんな光景が目の前に広がっているのか、予想もつかない。人生にとってほんとうに大切なことは何なのか、自分に何ができるのか、じっくり目を凝らしながら考えていこうと思う。

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 松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)1975年、熊本市生まれ。岡山大准教授(文化人類学)。京都大大学院博士課程修了。エチオピアでフィールドワークを続け、富の所有と分配などを研究。「うしろめたさの人類学」で毎日出版文化賞特別賞。近著に「これからの大学」「はみだしの人類学」。

=2020年04月17日=

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