「心に残る歌声」優しく 田代芳樹

西日本新聞 オピニオン面 田代 芳樹

 ねむの木学園園長の宮城まり子さんが亡くなった際、取材の思い出とともに、優しさに満ちた宮城さんの生涯を、この欄で紹介した。

 掲載後、福岡県古賀市に住む76歳の女性読者から丁重な手紙を頂いた。

 流域で死者147人、被災者約54万人を出した1953年の西日本大水害をはじめ、昭和の20年代から30年代にかけ、筑後川は幾度となく大きな災害に見舞われた。

 そんな頃だった。宮城さんが同県田主丸町(現久留米市)の神社を1台のバスに乗って訪れたという。

 「元気を出してもらいたくて、歌いに来ました」

 靴磨きをして懸命に生きる戦災孤児を歌ったヒット曲の「ガード下の靴みがき」や「毒消しゃいらんかね」などを被災者に向けて熱唱した。

 その歌声は、子どもだった女性の心奥深くまで響いた。歌を聞き終わった後に自宅前で遊んでいると、前を通るバスの中から「大変でしたね。頑張ってね」と声がした。振り返ってみると、宮城さんが手を振って励ましてくれていたという。

 ボランティアや福祉という言葉さえ社会に浸透していない時代、宮城さんは被災地を回り人々を力づけた。

 その優しさを一人でも多くの人に知ってもらいたい。そんな気持ちでペンを執ったと書かれていた。

 戦後、劇場などで芸能活動を本格化させた宮城さんは戦時中、自らの一座を率いて九州を巡業した経験がある。

 ここから先は想像でしかないが、その時に触れた九州の人たちへの思いが宮城さんを被災地に向かわせたのではないかとも思った。宮城さんの人に対する確固とした優しさを改めて痛感する。

 「ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)で人とは2メートル以上距離を取る」「可能な限り接触も避ける」…

 新型コロナウイルスの感染は、人の体だけでなく心までもむしばむ。命懸けでウイルスと闘う医療関係者がいわれのない誹謗(ひぼう)中傷を受けたり、子どもまでもが保育園への登園自粛を求められたりするなど、にわかに信じられないことも起きた。

 不安や偏見から生まれる差別的な対応からは何も生まれないし、ウイルスに打ち勝つこともできない。自粛生活を強いられる今こそ、私たちに求められるのは人に対する優しさではないか。

 「やさしいことはつよいのよ」。宮城さんがよく口にしていた言葉だ。多くの人に宮城さんの思いが伝わってほしいと、切に願っている。

 (クロスメディア報道部)

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