敵艦に突撃「震洋」…五島にもあった出撃計画

西日本新聞 長崎・佐世保版 野田 範子

戦跡をたどる 現地からの報告(3)「震洋」格納庫跡(新上五島町鯛ノ浦郷)

 「震洋(しんよう)」という名前を初めて聞いた。爆薬を積んで敵艦に突撃するベニヤ板製の特攻艇だ。全長5、6メートル。太平洋戦争末期に多くの若者が志願し、命を落とした。五島列島からも出撃する計画があった。

 新上五島町鯛ノ浦郷。入り組んだ海岸線が大小幾つもの湾をつくる。素人目にも船を潜ませるには適しているように映る。

 研究家によると、川棚町の訓練施設で操縦を学んだ隊員が島に配置され、湾の地形を覚えて出撃に備えた。船や爆薬を保管する格納庫にするための横穴が海に面する岩壁に掘られたが、終戦を迎え、実際に配備されることはなかったという。今は大半が崩落している。

 鯛ノ浦港近くの民家の裏にその一つがあると聞いた。「確か、あの辺りだったような」。あまり関心がなさそうな住民に断りを入れてやぶを抜けると、高さ約3メートル、奥行き約21メートルの横穴が確かにあった。荒く削られた内側の壁が、戦争末期の日本軍の余裕のなさを物語っているようだ。

 隊員たちの決死の覚悟、脆弱(ぜいじゃく)な船、そして眼前の青い海…。このアンバランスさが、何ともやるせない思いにさせる。

 横穴は幾つか残っているものの、説明の看板などはない。隊員たちの任務は明かされぬまま終戦となり、そのまま島を去ったため出撃計画を記憶する住民も少なくなっている。「歴史を風化させてはいけない」。そんな思いを胸に集落を後にした。 (野田範子)

※記事・写真は2020年05月02日時点のものです

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