平野啓一郎 「本心」 連載第253回 第九章 本心

西日本新聞 文化面

 三好が僕を愛さないにせよ、他方でイフィーを愛することと、イフィーを愛さないこと、或(ある)いは、イフィー以外の誰かを愛するようになることとでは、どれが最も大きな苦しみだろうか?

 イフィーを僕のアバターとして、彼を通じて三好を愛し、彼の幸福を自分の幸福とするといった突飛(とっぴ)な発想が、僕の胸を衝(つ)いた。

 そんなことが、果たして可能だろうか。……

       *

 ティリとまた、連絡を取り、初めてオンラインで対面した。夜の方が良いというので、十時過ぎに連絡をした。

 三好との初対面の時のように、仮想空間の場所を設定し、アバター越しに会うのではなく、シンプルに互いの部屋から繋(つな)いで、素顔で向かい合った。三好がリヴィングにいたので、僕は自室に移動した。

 ティリは、都内の自宅にミャンマー人の両親と妹と住んでいて、今は二十一歳なのだという。改めて礼を言われたが、僕も多弁ではなく、そもそも感謝される資格もないと思っていたので、その後の会話は途切れがちで、仕方なく、沈黙に読点を打つように、脈絡もなく微笑した。

 送られてきたメッセージでは、日本語が辿々(たどたど)しい印象もあったが、喋(しゃべ)ってみると、そうでもなく、会話が映像なしの音声だけだったなら、日本人と区別がつかなかっただろう。

 ティリは、中学校を途中で止(や)めてしまったのだという。僕は、外国人には、義務教育制度が適用されないということを、彼女に教えられて初めて知った。

 理由を尋ねると、

「そうですね。小学校の頃は、すごい楽しかったんですけど、だんだん、勉強について行けなくなって、そしたら、なんか、けっこう、いじめられるようになって、……差別されたりとか。」

 と、小首を傾(かし)げながら言った。

「そう、……周りで助けてくれる人はいなかったんですか?」

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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