生きているだけで運がいい 福澤徹三氏

西日本新聞 オピニオン面

◆進む雇用喪失

 本紙に「窮職(きゅうしょく)の時代」と題するコラムを連載したのは2011年だった。その年、リーマン・ショックによる景気悪化が尾をひいているところに東日本大震災が発生、雇用情勢就職氷河期の再来と呼ばれるほど悪化した。あれから9年が経(た)って景気は回復し、年明けまでは空前の売手市場といわれていた。

 ところが未曽有のコロナ禍によって企業も個人も自粛を余儀なくされ、雇用情勢は一転して最悪の状況に陥った。非正規雇用はもちろん、大手企業の正社員であっても業種によっては職を失っている。もっともコロナ禍以前から、インターネットや人工知能(AI)による技術革新で雇用の喪失は進んでいた。名だたる一流企業がリストラに踏み切るご時世だけに、就職できても安定は望めない。

 一億総中流といわれた昭和の職業観はとっくに崩壊した。いい大学をでていい会社に入れば生涯安泰というのは、もはや幻想である。コロナ禍が終息するしないにかかわらず、雇用情勢は今後もきびしくなるだろう。

 そんな時代にあって、仕事の悩みは尽きない。転職できるひとは、まだ恵まれている。多くのひとびとは収入を維持するだけで精いっぱいだ。わたしもむろん他人事(ひとごと)ではない。小説家など不要不急の浮き草稼業だから、いつ路頭に迷うかわからない。

 けれども未来を憂いてばかりでは、いまこの瞬間までがつまらなくなる。人間は、いましか生きられない。過去とは記憶であり、未来とは想像である。

 還暦近くまで生きてきて、人生はつくづく運だと思う。ひとは成功すれば自分の才覚だと思い、失敗すれば運が悪かったと思う。しかし成功も運に支えられている。いかにすぐれた人物であっても、病や事故であっけなく世を去るのは歴史を見ればわかる。このたびのコロナ禍でも多くの命が失われた。

 いま生きているだけで運がいい。衣食住足りていれば、じゅうぶんありがたい。不穏な時代だからこそ、あたりまえのことに感謝できるように思う。かつて良寛和尚はこう書いた。

 災難に逢(あ)う時節には災難に逢うがよく候
 死ぬ時節には死ぬがよく候
 これはこれ災難をのがるる妙法にて候

      ◇        ◇

 福澤 徹三(ふくざわ・てつぞう)小説家 1962年生まれ、北九州市出身。20種以上の職を経て、2000年に作家デビュー。近著は「羊の国のイリヤ」。「自分に適した仕事がないと思ったら読む本」の著書もある。

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