「被爆地域」境界なぜ 見直し求める長崎と広島の声

西日本新聞 社会面 徳増 瑛子

 原爆投下による健康被害があると国が考える「被爆地域」は、長崎と広島で形も大きさも異なる。「地域内」にいたことが認められれば、被爆者健康手帳が交付され、各種手当の支給対象となる。両市とも当時の旧市域を中心とするエリアで線引きされた後、長崎では行政区分で、広島では「黒い雨」によって地域の見直しが行われた。だが今なお、「地域外」で被害を訴え続ける声がある。それぞれの課題を見つめた。

爆心地から同距離なのに―長崎

 長崎市の元小学校教諭、岩永千代子さん(84)が手で示しながら説明する。塀の手前の住所は末石町、向こうは深堀町。75年前、末石は旧市、深堀は村だった。9歳の時、閃光(せんこう)と爆風に襲われ、防空壕(ごう)に飛び込んだ。1週間後に歯茎から血が出て、喉に痛みと圧迫感を覚えた。末石にいれば被爆者。深堀にいた岩永さんは被爆者ではない。「爆心地から同じ距離なのに、なぜ」

 国が被爆地域を定めたのは1957年。南北18・4キロ、東西8・9キロの「楕円(だえん)」は三方を山に囲まれたすり鉢状の地形を中心に、南に細長く延びる旧市がベースだ。隣接する旧福田、長与2村の一部も含まれた。74、76年の拡大で楕円は南北24・9キロ、東西13・9キロに膨らむ。要望が強かった旧2村は全域が収まった。

 被爆から半世紀が過ぎ、市は国に対する地域拡大の要望に動く。こだわったのは半径12キロの「円」。円の内側で、被爆地域に該当しないエリアの住民に体験談を募り、不公平感があるいびつな楕円の解消を図った。

 「死者を海岸で焼いた」(14歳男性、爆心地から8・5キロ)、「黒い灰やごみが舞い落ちてきた」(14歳女性、同11キロ)。詳細な証言が相次ぎ、2002年、国は長崎独自の「被爆体験者」という区分を新設した。被爆体験による精神疾患と、それに起因する高血圧症、糖尿病など合併症が認められた場合、関係医療費支給などの支援がある。19年3月末現在、対象者は5932人いる。

 だが一定の手当が支給される被爆者との格差は大きい。岩永さんは50代で甲状腺異常と診断され、最近は耳鳴りがひどく入退院を繰り返す。07年に原告団事務局長として被爆者と認めるよう提訴したが、17年、最高裁は国の主張に沿って「爆心地から半径5キロでなければただちに健康被害があったとは言えない」と387人の訴えを退けた。岩永さんら28人は「亡くなった仲間のためにも認めてほしい」と長崎地裁に再提訴。市も被爆地域の拡大要望を15年に再開した。

 

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