古い映画、フィルムの傷を自動修正「東京裁判」ソフトで1こまずつ感知

 最近、よく目や耳にする映画の「デジタルリマスター」。フィルムで撮影された映画をデジタル化する過程で、色あせたり傷んだりした画像を修復する作業のことだ。公開時の鮮明さが取り戻せるとされるが、どのような技術で古い映画をよみがえらせているのだろうか。今夏、デジタルリマスター版が劇場公開された「東京裁判」(小林正樹監督、1983年)の修復に当たったIMAGICA Lab.(イマジカラボ、東京)のフィルム・アーカイブ事業本部の水戸遼平さんに教えてもらった。

 ●フィルムをデジタル化

 「映画をデジタルリマスターするには、まずフィルムに記録されている映像をデジタルデータにすることから始めます」。水戸さんが語る。用いるのはフィルムスキャナー。35ミリフィルムの映像を1こまずつ読み取って、デジタルに変換してゆく。フィルムの時代、映画は1秒間に24こま撮影されていた。上映時間の秒数×24の画像ファイルが生成されることになるが、「東京裁判」は実に4時間37分(1万6620秒)もの長さだ。「フィルムは専用の缶に約1000フィートが保存されています。1000㌳の上映時間は約10分。2時間の映画なら十数缶ですが、『東京裁判』はその倍以上あり、膨大な量に圧倒されました」と水戸さん。スキャンは解像度の高い4K(縦3956画素×横4300画素)で行ったため(公開時は2Kで上映)、1こま当たりのファイル容量が約60メガバイト、1秒間で約1.5ギガバイトと膨大になった。「映画館の大スクリーンでの上映を前提としているためクオリティーを保つことを優先しました。これまでにない量と格闘することになりましたが」。水戸さんが語る。

 ●最終的に人の目で確認

 デジタル化の次はレストア(修復、復元)作業だ。

 具体的にはフィルムに残っていた傷や汚れ、経年変化に伴う色あせ、画面の揺れなどを専用のソフトを使ってコンピューターで修正する。ソフトは基本的に、自動で傷や汚れを感知して取り除いてくれる。前後のこまに映っていないのに、そのこまだけに映っているものがあれば傷だと判断し、該当部分のデータを前後のこまのものに置き換える。進んだコンピューター技術が膨大な画像データ処理を支えているのだが、水戸さんは「それでも取り切れない汚れや、ノイズ(不要なデータ)かどうか判然としないものはたくさんあります。その場合は人の手で修正します」。

 例えば雨のシーン。映っているのが雨粒なのかフィルム傷なのか、機械はまず区別できない。暗い画面も劣化の影響か、意図的に露出アンダーで撮影したものか判断するのも難しいだろう。本来あった映像を誤って消してしまい、オリジナルを改変することは避けたいとの思いがある。「最終的には人の目に頼っています。特に『東京裁判』は、実際に映画撮影に携わった人の力なくしては完成しませんでした」。水戸さんが言う通り、今回は〝特殊〟な事情があった。ドキュメンタリー映画の「東京裁判」は、米国防総省が記録した裁判の記録フィルムや当時のニュース映画などさまざまな素材を使って製作した。それらを一定の画調に整えるためデュープ(複製)を繰り返したため、鮮明さが元々失われていた。

 このため「東京裁判」で監督補佐と脚本を担当した小笠原清さんが立ち会って、画像の明暗やコントラストの補正も含めた監修に当たった。フィルムでは白くぼやけ気味になっていた画面が、露出補正で引き締まりディテールまで見えるようになった。一方で陰影に富んだオリジナルの映像表現は、そのまま残った。「見栄え良い映像にするだけではなく、製作者たちの意図を反映したリマスター版になりました」。水戸さんは4カ月に及ぶ長丁場をそう振り返った。

 ●映像の持つ力引き出す

 水戸さんはこれまで、小津安二郎監督や溝口健二監督らの名作を手掛けたほか、最近では渥美清さん主演「男はつらいよ」シリーズ全49作品のデジタルリマスターを担当した。いずれも困難続きの作業だったが、今回の「東京裁判」は特に思い入れがあるという。「戦後史の重要な出来事を記録した映画だが、リマスターを行うことで改めてすごさが分かりました。映像作品が持つ力をどれだけ引き出せるか、問われる作品でした」

 近い将来、人工知能(AI)の技術が進歩し、コンピューターが機械学習で膨大な映像作品を読み込むことでデジタルリマスターがより早く、的確にできるようになるだろう。今でもテキスト(文章)ファイルで「村上春樹風文章」が、写真ファイルで「ムンク風油絵」がクリック一つで生成できる。映画も「小津風」「溝口風」の映像に修正できるようになるかもしれない。それでも水戸さんは「コンピューターで全てが完結することはない」と言う。

 例えば「東京裁判」の冒頭、昭和天皇の玉音放送(終戦の詔書)が流れるが、今回のリマスターでノイズを取り去り聞き取りやすくした。監修の小笠原さんが「鮮明な音声は亡くなった小林監督の願いだった。ようやくかなえられた」と話すように、人の思いがバトンリレーのように伝えられた実例だ。AIの時代にも人の力は輝いている。 (塩田芳久)

=2019/09/29付 西日本新聞朝刊=

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