平野啓一郎 「本心」 連載第257回 第九章 本心

西日本新聞 文化面

 僕も長話の礼を言い、自分でも意外だったが、

「また、連絡しても良いですか?」

 と尋ねた。彼女は、

「はい、大丈夫です。」

 と同意したが、僕に対しては、最後まで緊張していたらしいことを察した。

 

 翌日、僕は、夕方で仕事を終える三好と、池袋で待ち合わせをしていた。イフィーの誕生日プレゼントを一緒に選ぶ約束だった。

 日中、イフィーの自宅のリヴィングで、僕は、ケータイに届いた速報で、岸谷の事件の共犯者三人が逮捕されたことを知った。ニュースサイトで確認しても、詳細はまだ不明だったが、供述通り、彼は単独犯ではなかったのだった。そのことの意味を、僕は覚束(おぼつか)ない憶測(おくそく)を交えながら考えた。僕に打ち明けた、あの台風の日の依頼も、やはり事件に関係しているのだろうか。……

 前財務大臣を爆薬を装着したドローンで襲撃するという、テロ事件だったが、すべてが彼の計画であり、共犯者の存在も虚言であったというより、リアル・アバターとして、ただ、利用されていただけだという方が、彼への同情も、より自由になった。あの頃彼が、“暗殺ゲーム”に夢中になっていたことを思えば、その無垢(むく)を単純には信じられなかったが、それでも彼は、人を殺すという行為の実行を、最後の最後に踏み止(とど)まったのだった。

 僕は、彼がベビーシッター中の窃盗の濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)で、深く傷ついていたことを思い返した。

 去年の秋のことだったが、もう随分と昔のことのように感じられた。

 中国に行きたいと言っていたが、もう少し待っていたなら、イフィーとの仕事で得られた僕の収入で、それを手伝うことも出来たかもしれない。しかしその前に、僕の方が、自分のやるせなさを、件(くだん)のコンビニではなく、彼との行動で爆発させようとはしなかっただろうか。

 僕にはやはり、それは出来なかったのではないか。

「お前、――オレとつるんでると、マズいと思い始めてる?」

 と岸谷は言った。実際、僕はそう感じていたのだった。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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