地の果てから(7) <アフガン難民>②国境のハンセン病患者達【中村哲医師寄稿】

西日本新聞

<1987年9~10月に本紙夕刊に掲載された中村哲医師の寄稿連載「地の果てから パキスタン北西辺境の人々」(全17回)>

アフガンの強い意向

 カラチ本部の基本的な態度そのものには私も賛成していた。それは北西辺境州を中心としてみると、アフガン住民との婚姻関係を含む人々の往来が盛んなこの地域で、アフガン患者のコントロール計画が進まなければハンセン病問題は解決しないからである。しかし私の主張していたことは、人命の犠牲を払ってまで冒険はせず、いわば水際作戦でパキスタン領内の難民患者を制圧し、アフガン人スタッフを長期的な展望で育成すべきだというものであった。またその方が合法的かつ少ない予算で済むと考えたのである。

 この相違は、カラチ本部側が主としてトップの指導者との接触と外国援助団体の意見とを中心に立案する傾向があったのに対し、我々ペシャワール側では患者そのものと中小の現場の指導者たちとの友好的な接触で情報を得てきたからである。外国団体はしばしば実情を知らされない。しかも短期派遣のワーカーは通常彼らのしでかした不始末がいかに地元の人々に影響を与えるか考慮しないのである。それ故、即席の冒険譚(ぼうけんたん)作りには関与せず、との態度を私はかたくなにつらぬいてきた。これは当然アフガン人スタッフたちの強い意向でもあった。

一挙に事態が険悪に

 ある時カラチ本部から非公式にアフガニスタン内での活動協力の要請があった。内容はハンセン病多発地帯にクリニックを置くというもので、それ自身は何ら悪いことではなかったが、これをみた一部のスタッフたちは激怒した。そこに、チームが暗号を使用するとか、暗号内容に米国人に対する態度の良いものを「良い子」、悪い者を「悪い子」と呼ぶ提案があり、徹底した「反米・反ソ」の住民感情を代表するアフガン人スタッフの神経を逆なでしたからである。全く悪いいたずらである。

 これによって一挙に事態が険悪になった。戦国時代のように各地方に割拠するゲリラ勢力とは、我々も医療グループとして少なからぬ友好関係があった。またそうせねばキャンプの仕事も病棟の仕事も進まなかった。だが、今回の要請については「これはあなたたちのためです」というセリフを私はどうしても言えなかった。信義に傷をつければ今後協力が得られぬどころか、敵にさえ回されかねないからである。何よりも、彼らの真正直な信義に対しては節を守るべきで、これを道具に使うことに強い抵抗があったのである。この点で私は完全にパターン人化していたと言えないこともない。

独自の疫学調査へ

 アフガン人スタッフの間で強硬論が沸騰したが、暴力手段をさけるのはもちろん、基本的にカラチ本部と対立するのは論外である。まず彼らの認識不足を是正せねばならない。アフガン難民のハンセン病の問題が最優先すべき我々の課題で、冒険をするよりも、足元から固めてゆくことをわかってもらう必要があった。例えば、本部のこうした方針の背景には、一九八六年に彼らがUNHCR(国連難民高等弁務官)と共同で行った疫学調査がある。一万五千人を対象に調査して「患者なし」との結論が出ていた。調査に何らかの欠陥があったとしか思えぬが、本部がこのような紙上の報告や業績にふりまわされていたのは事実である(この調査がいかに鳴りもの入りでいかに実体がなかったか、調査員が薬を売り歩いていたという事実をつかんで我々は苦笑した)。こういった誤報を覆す確証を示すことが少しずつ正しい理解につながってゆくであろうと私は考え、多発地帯での独自の疫学調査を敢行することにした。

常識くつがえす結論

 まず行ったのはペシャワールで登録されたアフガン人患者の出身地を調べることであった。これによって約六〇パーセント以上がアフガニスタンのクナール州出身者であることが確認された。クナール州はパキスタンのバジョワル部族地区に隣接し、当然ペシャワールに近いので患者が多いとも考えられるが、驚くべきことにわずか数家族の親類縁者に集中していることも明らかにされた。

 こうして一九八七年一月と二月に、このクナール州出身者のいる国境のキャンプで独自の方法で調査を行った。ハンセン病を真正面からかざしたのでは人々が協力しないから、あらかじめ探りを入れてキャンプ内の力関係、人々の反応などについて情報を集め、部隊を二つに分けてバジョワルの約二十万人の難民の中に入っていった。一隊は聞き込みで変形患者を探し、もう一隊は「皮膚診療班」として野外診療を行ったのである。これによって、綿密な検診をうけた者八百人中十八人が真性患者であるという、従来の常識を覆す結論を得た。各機関の態度が大幅に変わったのはいうまでもない。

(医師・パキスタン在住)


 

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