平野啓一郎 「本心」 連載第259回 第九章 本心

西日本新聞 文化面

「ああ、そうします? ゴーグル、つけていきましょうか?」

「そうですね。……そうしてください。延長料金、払います。」

「はは、いいですよ、そんな。今日はさっきの外出くらいしか、仕事をしてませんから。」

「すみません。――朔也(さくや)さんが僕のアバターとして彼女の前に現れたら、ちょっとしたサプライズですね。」

「ビックリするでしょう。」

 本当は、イフィーの誕生日プレゼントこそサプライズだったので、三好との待ち合わせ場所に彼を連れて行けば、それも台なしだった。けれども、僕はこの時、そういうことをうまく考えられなくなっていた。スーパーに買い物に行っている間も、ずっと岸谷のことを考えていて、そこから抜け出せなくなっていた。

 誕生日プレゼントをこっそり買うために、彼に余計な詮索を強いるのも馬鹿(ばか)らしかった。クリスマス・パーティーに招かれた日は、イフィーのために、三好と二人で買い物に出かけることに胸が躍ったが、この日はあまり、高揚感もなかった。

 

 僕たちは、池袋の東通(あずまどお)りにあるアンティーク・ショップの前で待ち合わせをしていた。イフィーとは、そこに到着する頃に連絡をし、三好に会う前にゴーグルで繋(つな)がる段取りになっていた。

 週末で、街は混み合っていた。歩道も数人で固まって歩いている人たちが多く、その隙を縫って歩くのに苦労した。

 ヴァレンタイン・デーが近く、ケーキ屋のディスプレイやデパートの広告など、至るところに赤やピンクのハートのマークが溢(あふ)れている。

 どこかの企業がキャンペーンでも行っているのか、人型のロボットが歩いているのを何度となく目にした。僕が登録していたリアル・アバター企業も、最近、ロボットの導入に力を入れていると、先日、ニュースで目にしたところだったが。性能がもっと良くなって、一体あたりの価格が下がれば、この仕事も、人間が担う必然性は薄れるだろう。尤(もっと)も、ロボット以下の条件で、人間が雇われ続ける、という悲観的な見方はあるが。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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