平野啓一郎 「本心」 連載第261回 第九章 本心

西日本新聞 文化面

 <あらすじ> 石川朔也はアバター・デザイナーのイフィー専属のリアル・アバターとして働く。朔也はイフィーと知り合うきっかけとなった動画のコンビニ店員のティリ・シン・タンと話し、日本語習得が必要な人の支援ができないかと考える。イフィーは朔也の同居人・三好彩花に思いを寄せるが、下半身が不自由な自分を受け入れてくれるのか、不安を抱えていた。イフィーの誕生日プレゼントを買いに池袋で待ち合わせる朔也と三好だったが、朔也はイフィーのリアル・アバターとして現れた。

  第九章 本心

 僕は、慣れた仕事なので、通訳のように、出来るだけ僕の存在を素通りして、イフィーの言葉が直接届くように伝えたが、三好は違和感があるようだった。スピーカーで彼の声を出すことも出来たが、外でも室内でも音量の調整が難しく、ひとまずそれを使用しなかった。

「なんか、ヘンな感じだけど、……行こう。ここ、邪魔だし。予算の上限、五万円なんで、よろしくお願いします。」

 三好はそう言って、僕を――僕たちを――一階の店内に導いた。三好と僕とで買う誕生日プレゼントとしては、非現実的なほどに高額だったが、三好はこの機会に、イフィーからクリスマス・イヴに貰(もら)ったお金を、物のかたちで少しでも返そうとしていた。

 店は、例によって三好が見つけてきたのだった。イフィーの仕事部屋を訪れた際に、彼がインスピレーションを得るものとしてボードに貼っていた様々な資料の中に、彼女は、アンティークの写真が幾つか混ざっているのに目を留めていた。僕が仮想空間の「ドレス・コード」を記憶していたのとは、随分と違っていた。そして、店主が、フランスやイタリアのアンティーク・ショップや蚤(のみ)の市を自分で回って買いつけをしていると評判のこの店を探し出したらしい。

 中は六十平米ほどの広さだった。机や椅子といった大きな物もあったが、全体的には、時計や銀食器、皿や器、ランタン、卓上小棚、カメラ、額縁、ポット、レザーの水筒ケース、……といった持ち運びできる程度の物が多かった。それらが、所狭しと陳列されている。音楽もかかっておらず、足音も話し声もよく響いた。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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