47都道府県の演劇人、つないだ物語 「何か表現したい」発案者の思い

西日本新聞 文化面 佐々木 直樹

コロナ禍を生きる

 全国の街が恐る恐る沈黙を破り始めた初夏の宵。4月中旬にツイッターで幕を開けた物語が完結した。題名は「だれかれかまわず」。一つの戯曲を47都道府県の演劇人がリレー形式で1ページずつ書いてつなぎ、47日間で全47ページの作品に仕立てるという企画だ。発案した荒木宏志(あらきひろし)さん(32)は1ページ目を担当し、自ら船出させた「挑戦」の航路を毎日見守ってきた。

 物語は、男が「情報量の多い女」との出会いをきっかけに歌を思いつくところから始まる。この歌を軸に展開しつつ、SF的な要素も加わり、昨今の緊急事態を想起させるせりふも飛び交う。各参加者が持ち味を反映させ、予測不能の即興劇の様相をみせた。

 「この状況で全国の劇作家が一つの戯曲を書きつないで作品として残す。それだけでもドラマになる」

 政府が2月末に出したイベントの自粛要請で、演劇の世界にも中止の波が押し寄せた。本来なら公演に向けて稽古しているはずが、家でスマホを眺める時間が増えた。そんな時、浮かんだアイデアだった。

 4月6日深夜にツイッターで「演劇人でなんかリレー出来ないかなぁ」とつぶやくと、各地の劇団関係者が即座に反応した。一晩で企画が固まり、その後、全都道府県の演劇人が参加を表明。物語は5月30日まで紡がれた。役者らによるオンラインリーディングも企画する。無謀な挑戦が、見通し不鮮明な未来をうっすらと照らしている。

   ◇   ◇

 長崎県諫早市の高校で演劇と出合った。2007年に19歳で「劇団ヒロシ軍」を旗揚げ。九州の劇団が短編作品で競う大会で2連覇するなど、青臭くて熱い芝居で注目を集めてきた。

 今年は毎月公演をやる予定だった。コロナ禍で暗転し、公演延期が続く。全国の劇団も似た状況で、年内の活動を諦めた仲間もいる。やむを得ないと分かっているが、演劇人としての歩みは止められない。戯曲リレーもその一つだ。

 「黙りっぱなしではいられない。何か表現したい。今もずっと模索している」

 自粛期間は演劇の立ち位置を浮かび上がらせた。SNSで「演劇の死」や文化芸術が不要不急か否かを巡る議論が湧き起こり、心ない言葉も飛び交った。役者や裏方は感染から人々を守るために活動を自粛し、自ら収入を絶っている。にもかかわらず、同じように苦境に立たされている者たちの間で分断が起きている。

 「どうしてこうも分かり合えないのか」。取材中、終始雄弁だった口調が一瞬途絶えた。「声を上げなければいけないのは、そこじゃないと思う」

 悔しい…と言いかけて飲み込み、絞り出すように続けた。「何と言葉にしていいか、分からない」。一言で表せない思いがにじむ。

   ◇   ◇

 2020年は、のちに「ネット演劇」という新たな分野の黎明(れいめい)期として語られるかもしれない。無観客で上演した舞台のネット配信や、ビデオ会議アプリ「Zoom(ズーム)」を使ったオンライン演劇を上演する団体が現れた。

 「中止のリスクが少ないし、ネットでの上演に特化した劇団が出てきてもおかしくはない」

 感染の恐れは社会活動を萎縮させ、人の動きにブレーキをかけた。終息後に新たな秩序が定着し、感染を防ぎながら社会が動きだすには変化が避けられない。演劇を取り巻く環境も元には戻らないかもしれない。それでも生の舞台と目の前の観客が恋しい。自粛を強いられる中で改めて「演劇とは何か」というスタートラインに立った。欠かせないのは、俳優と観客の一体感だ。

 「同じ空間で役者の熱と客席にいる観客の感情が交わる、そんな舞台のライブ感が好きなんです、やっぱり。観客や役者が集まる場所に戻りたい」

 公演再開に向けて、新作のアイデアを温める。ある公演の中止が決まった時に英語の題名が思いついた。日本語にすると「青春は私を死なせない」。まだ具体的な構想はないが、どうすることもできなかった体験が創造力をかき立てる。

 「僕ららしい、一生懸命ふざけている話にしたいなと思います」

 沈黙はいつか破られる。その日を信じて爪を研ぐ。

(佐々木直樹)

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