あの日、何を報じたか1945/6/1【ひらく増産の夏 6月の暦】西日本新聞の紙面から

西日本新聞 福間 慎一

 太平洋戦争の最終局面を迎えた1945年の夏、私たちの生活はどんな状況にあったのか。物資不足で2ページにまで減頁されていた西日本新聞は言論統制の中で連日戦果を伝え、読者に必勝への行動を説いていた。75年前の「きょう」の記事から、当時をうかがう。(福間慎一)

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 〈暦は一枚めくられて六月を迎えた。陽光ようやく烈しいこの月は、完全な夏姿への更衣への月であるが、同時に沖縄にかけた敵の土足を切り払うため心機また一転せねばならぬ月である。裸身軽装六月はこれで敵攻勢をはね返し、生活を押し切ろうではないか〉

 上記の前文で始まる記事は、6月のカレンダーの画像を添えたレイアウトが目を引く。鉄道乗車のルール順守を呼びかけ、田植えに心魂を打ち込み、酷暑の中でも心身の鍛錬を怠らないよう注意を促していた。

 〈街ではこの月は賞与月だ。勿論賞与で何を買おうと考える不心得者はないであろうが、手持ち現金は各人の懐に多少とも殖えているのが実情だ。われらは賞与をもらったら直ちに貯金しよう。貯金は弾丸となり飛行機となることを忘れてはならない〉

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