地の果てから(8) <アフガン難民>③市場に並ぶ銃器類と麻薬【中村哲医師寄稿】

西日本新聞

<1987年9~10月に本紙夕刊に掲載された中村哲医師の寄稿連載「地の果てから パキスタン北西辺境の人々」(全17回)>

 

バジョワルに入る

 一九八七年一月に私は初めてアフガニスタンとの国境地帯であるバジョワルに入った。バジョワル管区(部族自治区)は、アフガニスタンのクナール川に隣接し、いずれもハンセン病の多発地帯で、目的は十九カ所約二十万人の難民キャンプでの疫学調査にあった。部族自治区は、パキスタン内部の治外法権区で事実上の半独立状態を保っている。北西辺境の約八百万人のパターン部族は、その部族社会を崩さず、近代的な国家・法概念をうけつけない。彼らにとり、少なくとも自治区では「パキスタン」も諸外国人と同様によそ者なのである。

 バジョワルは、こうした自治区の中でも最も保守的な地域で、恐らくここ数世紀、人々のものの考え方は大きな変化をこうむってないと思われる。外国人の入国は政府によって制限されているし、たいていはお客様として厚遇されるので地元の人々に直接触れることは少ない。当然実態はよく知られていない。

現地服に身を包み

 私は現地服に身を包み、誰がみても難民という風体でアフガン人チームを率いて検問所を越えた。現地の役人はおおむねアフガン人ゲリラに同情的で、「ご苦労さま」と声をかける。疫学調査だの何だのといえば、話がややこしくなるので私もアフガン人然としていた。(もっとも、足しげく通ううちに私の素性も知れるようになったが、特別問題はなかった。公式文書を示して過度に四角四面になれば、むこうも公式の対応をせざるを得ず面倒なのである。結局、顔パスが最も良い。地元の為になることならたいてい、人々は協力的なものである)

 カイバル峠からの越境が困難となった現在、バジョワルはアフガニスタンからの重要な交通路となり、軍事的要衝として政府も目を光らせている。また、最近ペシャワールで多発する爆破事件の爆発物はこうしたバジョワルあたりから運ばれるという見方が強く、点検は念入りに行われるようになった。

 ペシャワールから約四時間で荒涼たる岩石砂漠の峠を越え、バジョワル盆地の中心地、ハール・バザールに着く。盆地は美しい白雪を頂く山なみの、銀色の稜線でとりかこまれ、北方がチトラール、西方約十五キロメートルの地点がアフガニスタンのクナール地方との「国境」にあたる。

ヘロインの一大産地

 バザールからは次々とクナール方面へむけてトヨタの乗合自動車が出動し、分乗した男たちは後生大事にライフルや自動小銃を抱えている。西方の峠からクナールの州都チャガサライが見おろせる所まで行き、ソ連兵の駐屯地に夜襲・砲撃をかけるのである。

 バザールでは日用品や食料品の店のみでなく、銃器類、麻薬等が取引されている。このバジョワル盆地一帯がヘロインの一大産地で「黄金の三日月」の東端にあたる。菜種に交じってケシ畑が延々と続く。生産力のとぼしい山間部では、最近ますますこのような物騒な産物の取引が盛んになっている。アフガニスタンにおいては、ゲリラ部隊はヘロインを使ってソ連兵から武器、ガソリン等を物々交換で調達できるのである。もっとも、ムジャヘディン・ゲリラ自身が麻薬におぼれることはほとんどない。

 バザールに出る銃器類はほぼすべてソ連製で、通称「カラシニコフ」が多い。よく考えられているように大半のゲリラが米国や中国の武器援助で力を得ているのではないことを示している。これらの武器は「戦利品」として難民の手に渡り戦争の長期化に伴って、自活の道を断たれた彼らにとっては唯一の収入源となった。ちなみに弾丸は抗生物質のカプセルよりも安い。

泥のアパート群

 バザールを一巡してみると、医療援助と称して薬品を患者にばらまくのがいかに無益かがわかる。表示ラベルが英語で記載してあるものは、たちまちバザールに出回って難民のポケットマネーとなるのである。バザールの薬屋にはドイツ、フランス、スイス、英国、米国製の薬品が所狭しと並んでいる。露骨にUNICEF(国連児童基金)のマークのあるものもある。我々はこのことを予想して、皮膚患者に使う薬品はすべてワゼリンを基剤とした自家調合で作り、三十グラムずつプラスチックの袋に入れておいたし、不衛生が皮膚疾患の主要原因であるとみて市販のせっけんを四つ切りにして配っていた。さすがにこれは商品価値はないらしく、その後何回訪れてもバザールにはなかったから、まあ少なくとも治療の足しになっていることに満足している。

 ハール・バザールを中心に延々と泥小屋の集落が立ち並ぶ。おそろしく殺風景な自然を背景に、さながら土中からわき出したアリ塚である。茶褐色のこの異様な泥のアパート群を見るだけで、「医療援助」に向かう者はまず無力感で気落ちしてしまう。

(医師・パキスタン在住)

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